67. 島根県の灯台
山陰は灯台巡りのきっかけであった出雲日御碕灯台、美保関灯台、角島灯台のあるところ。調べてみると出雲地方に比較的小さな灯台が並んでいる。結婚後広島にある母方の実家へあいさつに行ったとき、帰りがてら二人で鳥取砂丘を回ったことが思い出される。米子は米子高専に機械を販売した記憶がある。そこで、離島灯台やスケジュールが合わない灯台は除き、秋の山陰地方の小灯台を巡ることにした。
また、帰路名古屋に泊まり久しぶりにK氏と飲むことにした。何年振りだろうか。
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散策日
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令和7年(2025年)10月3日(金)ー10月7日(火)
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所 感
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仕事で一年間山口県に住んでいた。だが旅行する時間もなく、まだ秋芳洞、石見銀山、津和野へは行っていない。これらへ立ち寄るスケジュールも考えたが、時間が掛かるし、灯台巡りが目的なので残念ながらアレもコレもは断念し灯台に注力した。今回の灯台はどちらかといえばマイナーな小灯台で、最寄駅から2-3kmなので十分歩ける範囲だが、歩くかタクシー利用か悩むところで、結局タクシー利用は行ってみてから考えることにした。当然ながらスケジュールは基本的に徒歩で計画した。
10月03日(金)東京-(新幹線)-姫路-(姫新/因美/山陰本線)-益田(泊)7,874歩(4.7km)
10月04日(土)益田-(山陰本線)-鎌手-(徒歩)-<魚待鼻灯台>-(徒歩)-鎌手-(山陰本線)-波子(ハシ)-(徒歩)-<石見大崎鼻灯台>-(徒歩)-波子-(山陰本線)-温泉津(ユノツ)-(徒歩)-<温泉津港灯台>
-(徒歩)-温泉津-(山陰本線)=江津(ゴウツ)(泊)33,340歩(20.0km)
10月05日(日)江津-(山陰本線)-五十猛(イソタケ)-(徒歩)-<
大岬灯台>-(徒歩)-五十猛-(山陰本線/境線)-境港-(タクシー)-<
境港灯台/境港防波堤灯台>-(徒歩)-境港(泊)22,420歩(13.4km)
10月06日(月)境港-(境線/山陰本線)-青谷(アオヤ)-(タクシー)-<
長尾鼻灯台>-(タクシー)-青谷-(山陰本線/因美/姫新/山陽本線)-名古屋-会食-(泊)14,559歩(8.7km)
10月07日(火)名古屋-(名鉄)-西尾-(バス)一色港-(船)-佐久島西港-(徒歩)-<
波ケ埼灯台>-(徒歩)-佐久島東港-(船)-一色港-(バス)-西尾-(名鉄)-名古屋-(新幹線)-東京18,572歩(11.1km)
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初日は東京から益田までの移動のみ。益田へは「のぞみ」で広島に出てバスで行く方が早いのだが、ジパング割引の「ひかり」限定なので仕方がない。天候は西から山陰地方に雨雲が近づいていて今日明日は雨模様。
姫路で「はくと5」に乗り換え、鳥取で「おき5」に乗り換える。鳥取からの特急はコナンが描かれ、心ほんのりと楽しくなる電車である。明日の最初の灯台は最寄り駅が鎌手(かまて)だが、無人駅で宿泊場所もなく益田まで足を延ばし駅前のホテルを予約した。なんとなく今回の旅を予感させる。益田駅周辺はコンビニもあり翌日の昼食を調え、飲み屋も少ないが一応あり、雨が降ったり止んだりで、まずは無難に一日を終えた。
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翌朝のアラームを5時にセットし早めに就寝した。朝目覚め時計を見ると1時過ぎ?いや、6時過ぎだ。寝過ごした!しかしアラームが鳴ったか?列車の出発時刻に1時間もない。次の列車も1時間あとになり、今日の予定が大幅に狂う。昨晩寝るとき不注意でアラームをオンにしていなかった。最初から大失敗である。急ぎ着替え、荷造りをし、サービス朝食を軽く済ませ、駅に向かう。ホテルが駅前だったことが幸いし、予定の電車に間に合った。
鎌手駅はホームから金網柵があるだけの無人駅。店一軒ないし、当然タクシーもない。なにしろ戻ってくるまでの2時間、誰とも会わず車とのすれ違いもなかった。雨は降ったり止んだり。山道に入り案内板はなかったがぼちぼち海側へ左折する頃と思い進むと、なんとひと尾根行き過ぎた。急ぎ戻り、ぬかるむ道に滑りながら苦労して何とか灯台に到達できた。
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続いて浜田で乗り換え波子(はし)下車。ここも無人駅。店もタクシーもない。ここから今回ハイライトの石見大崎鼻灯台を目指す。ナビ(GoogleMaps)によると2.7km、歩速3km/hで小1時間というところか。ただ、実際に歩く距離はナビの距離より多くなる。しかも歩速4km/hで表示されるので、多少余裕をみて計画する。
石見大崎鼻灯台は石見海浜公園尾一角にあり、灯台からは眼下に日本海が望める。ここで昨晩益田のコンビニに買った昼食を摂っていると、男性一人が登って来た。雲が切れて陽が差してきた。
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続いて温泉津(ゆのつ)温泉にある温泉津港灯台。正直なところ一日3灯台は厳しい。温泉駅なのでさすがに駅前にタクシー会社があった。迷うのも面倒だし時間稼ぎに往路はタクシーを利用することにした。灯台のことを聴くと「私も昔上ったことがあるが、今は登れるかな」という。まずは現地まで行ってみることにしたが、入り口は下草で覆われ道が見えない。鵜丸(うのまる)城跡の看板が見えるが、まずはそこまで蔓性の下草をかき分け行ってみるとそこから石段が続いている。落ち葉、枯れ枝があるが登れそうなので、先に進んだ。頂上に着いたのは16時過ぎだった。頂上は狭く、海も見えない。
灯台入り口から駅までナビでは1.3kmと出るが、実際には灯台から駅まで約3km、小一時間かけて駅まで歩いた、途中雨も降ってきた。ここは温泉なので、ここで宿泊できればいいのだが、条件に合う適当な宿がなく、4つ駅を戻り江津(ごうつ)の天然温泉宿に泊まった。
江津は店が少ない。コンビニはやや遠い。特に飲み屋が数軒しかない。しかも金曜だしホテルで勧められた2軒は満席。それとも一人だから断られたか。ほとんど江津での晩食を諦めかけたが、寂れた中華店に入り、チャーハンと餃子を注文、酒は一杯飲んだらもうないというのでビールを追加したが半部残し晩食を済ませた。今までの中で最悪の晩食。翌朝のアラームを再確認し早めに就寝した。
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五十猛(いそたけ)駅には驚いた。ホーム、階段を降りると線路下の道で既に駅を出ていた。無人駅だからこんなものかと思い灯台に向かい歩き始める。五十猛にはタクシー会社が1軒あり、少し疲れてきたからと昨晩から数回電話をかけてが出ない。諦めて約3kmの道のりを歩く。国道9号に出ると遠くに灯台が見える。今まで遠くからこれから向かう灯台が見えたことはない。天気は良いが暑い。今回は10月だし、下は半袖で上は薄手の長袖で来た。長袖の腕を捲り、ひたすらこれを目指して歩く。地元の人に道を聴きながら灯台下の正定寺に着くと、墓所の裏から灯台への長い石段があった。世界遺産の石見銀山の北、五十猛港の西にある岬に建っている。島根県の灯台では大き目で、灯台らしい風貌をしている。
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米子に出て境港線に乗り換える。境港線の列車は水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」が描かれている。駅から東へ伸びる道路は水木しげるロードと呼ばれ、多数の妖怪のオブジェが歩道上に設置されているが、防波堤まで4km以上あるのでタクシーを使った。工場地帯を通り抜け岬の東端まで進むと,境港昭和北緑地という整備された公園に辿り着き、境港防波堤灯台、境港第2防波堤灯台が見える。防波堤灯台といっても海の中にあり沿岸灯台の風体である。
暑い中工場地帯の中を約3kmも歩くのは気が重く、帰りもタクシーを呼び、旧境港灯台に行った。境台場公園の一角に建つ旧境港灯台は、明治28年に木造六角形洋式灯台として開設された山陰最古の灯台。その後、昭和9年に廃灯となり、昭和40年に解体された。
さてあとは今日の宿へと歩いたが、根本的に予約した宿を間違えたかと思った。宿の近くに店らしい店もなく、宿前にデスカウントストアが一軒、食事処も数分先に1軒のみ。カード決済をしたはずだが、今はカード決済していないというので現地で宿泊費を徴収、おまけに3軒あるタクシー会社も翌朝配車できずとのこと。宿の人は「皆さん駅まで2kmを歩く」という。
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翌朝少し早めに宿を出て、境港駅より少し近い約2km先の馬場崎町駅に向かった。駅を見つけるのに少々迷った。ここも無人駅だが国道の下に券売機があるのみ。時間になるとどこからともなくぞろぞろと高校生達が集まってきた。
米子に出て山陰線で青谷(あおや)で下車。ここではタクシーが予約でき、帰路もついでに予約した。ネット情報では敷地内に入れるとあったが、入り口には鍵が掛かっていた。駐車場の管理者らしき数人のオジサンたちが「そこは入れないよ!」と厳しい声。ここは灯台より釣り場の有名地らしく、駐車場も有料で管理人が常駐している。入り口からでも十分灯台の全体像は見えたので、入り口外から写真を撮った。往復タクシーにしたので時間的余裕ができ、夕日ヶ丘展望台で海を眺めながらゆっくりと昼食を摂り時間を過ごした。
夜は随分長く会っていなかった友人と名古屋で飲んだ。懐かしくも楽しい飲み会であった。
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今回の旅の最終日。最初は四日市港防波堤灯台に行くつもりだったが、どうも企業敷地内のようで近づき難いようだ。このまま帰るなら昨日名古屋に泊まった意味がない。かと言って愛知、三重の灯台は大体回ってしまった。色々調べて三河湾佐久島に小さな灯台がありそこに行くことにした。佐久島には、常設展示のアート作品が島内に24点。その周辺には、作品鑑賞と併せて訪れたいグルメスポットや、島ならではの風景が広がるビュースポットも点在している。ただし、こうした施設には立ち寄らず、単に西港から東港まで暑い中歩いた。東港の手前でついに我慢しきれずビールを買った。まあ、おまけの灯台であった
<後記>
全体的にちょっとマイナーな小灯台を回ったが、それなりに交通、工程、宿、飲食も厳しかった。また行くことはないかな。ぼちぼちこうした旅は厳しくなった。しかし、帰ってから写真を整理しているとまた次に行きたくなるから不思議である。



































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