四国札所巡り第三回(10日目)

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第二回に続いて、歩き止めの第三十三番雪渓寺から、高知西半分を。四国遍路最長距離の歩きである。
でも、最後にちょっと観光も・・・

12.03.25道後温泉本館平成24年3月25日(日曜日) 天候 晴れ
 朝、宿毛から宇和島、宇和島から道後までバスを乗り継ぎ道後温泉に来た。途中何人かの通し打ちを続ける遍路さんを追い越していった。「アッ、あれは吉川さんだ」、と吉川さんの姿も見かけた。
 さあ、これからは観光だと気分を切り替え、せっかくここまで来たのだからと道後温泉で一風呂浴びてきた(もちろん一案安い1階のみだが)。ここには7,8年前に一度来ているが、本館前の風景はこんなに賑やかだったかと首を捻る。韓国語や中国語が周りで飛び交っている。
 さて、普通の遍路では考えられないが、我々は会社に休みをもらってきているので、同僚にお土産をと、アーケード内に入りお土産物を物色。まったく観光旅行そのもののムードになってきた。始めはご当地「坊ちゃん団子」でいいかとなと思っていたが、試食すると甘過ぎるので、ばら売りを買い求め試食した伊予柑の味が美味しかった菓子を求めた。

12.03.25宇和島駅

道後温泉駅

12.03.25ようこそ道後温泉へ

12.03.25道後温泉本館

平成25年3月25日(日曜日) 天候 晴れ
 松山城は賤ヶ岳の合戦で七本槍の一人としても有名な加藤嘉明が築城。嘉明は羽柴秀吉に見出されてその家臣となり、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いにおいて徳川家康側に従軍し、その戦功を認められて20万石となっている。
 私も松山城は始めて。この遍路中高知県に開花宣言が出されたので、ひょっとしたら「城と桜」が見られるかも、と期待したが、残念ながら桜はまだ一輪も咲いていなかった。唯一四季桜がチラホラと。次回歩きで松山に来た時はここには寄れないだろうから、三越前から出る松山空港行きのリムジンバスの時間ギリギリまで松山城観光を楽しんだ。

12.03.25紫竹門

12.03.25乾櫓

12.03.25松山城のリフト

12.03.25夕照の富士を見ながら羽田へ

12.03.25第五十一番の石標<後記>今回の遍路で寺番号ではまだ39番までであるが、高知県を終ってみると、やっと半分くらいまで来た思いである。次は秋かな、これでは結願まで3年越しだな、と先が思いやられる。道後温泉のそばに第五十一番石手寺1.4kmの石標があったが、これも次回のお楽しみである。
 民宿を使っての歩き遍路は宿泊料、飛行機代もなかなか馬鹿にならず、時間も掛かり、体力も消耗するまさに贅沢な旅であるが、ここまで来ると何とか満願まで漕ぎ着け、高野山まで行きたいと望みたくなる。歩き行程の加減でそれぞれ数日ずつご一緒する方々との話も楽しいし、これも一期一会の感である。
 先日読売新聞の「編集手帳」にこんな記事があった。「吉田兼好『徒然草』に、旅を語った一節がある。<いづくにもあれ、しばし旅立ちたるこそ、目さむる心ちすれ・・>(十五段)どこであれ、旅に出れば別の世界がひらけ、目が覚める気持ちになる」。目が覚めるとは新鮮な気持ちになる、罪を悔い改めるの意で、記事は後者の意味での引用だったが、我々は前者の意味で文字通りの「目覚める思い」で、それぞれの遍路旅を続けたいと思っている。