小説の樹々22年09月

夏の終わりの夜は蒸し暑くて、どこからか花火の匂いがした。空を仰ぐと百日紅の赤が夜目に鮮やかに映る。その向こうには小さな星が幾つか瞬いていて、明日も晴れだと言っている。酔った勢いで美晴の手を掴み、子どものようにぶんぶん振って歩く。鼻歌を歌うと美晴が笑ったから、私も笑った。他愛ない夏の一日だった。（「52ヘルツのクジラたち」町田そのこ）

株式会社集英社　第1刷　22年06月10日発行／22年09月04日読了

中流の3人家族、父も母も不倫、自分は不登校ですでに崩壊している。そこに現れた少女が波紋を起こす。少年の供述の曖昧さ、不確かさが現出し、司法がそれをどこまで信用するか難問で、まさに「藪の中」。事件のあと家族は台風一過のように解決したわけではなくまた以前の状態に戻っただけ。刑事の粘り強い対応で真実に迫るが、それでどうなるのか。薄ら寒さを覚える。

株式会社KADOKAWA　角川文庫　第28刷　22年04月20日発行／22年09月25日読了

今までかなりシビアな犯罪小説ばかり読んできたが、この著者の初期小説はそれなりに青春物の明るさがあり楽しい。初期作品を続けて読んでみたい。