小説の木々13年01月

 遠山にかかる白雲は散りにし花の形見なり。青葉に見ゆる梢には、春の名残ぞ惜しまるる。頃は卯月二十日余りの事なれば、夏草の茂みが末を分け入らせ給うに、始めたる御幸なれば御覧じなれたる方もなし。人跡絶えたる程も、思し召し知られて哀れなり。(「平家物語」灌頂の巻大原御幸)
私がそれらを愛しさえすれば、空も草も花も、私に優しいのだ。・・陸墓に続く階段には、ただ桜の花びらが降りそそいでいた。(「寂花の雫」花房観音)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

球体の蛇(道尾秀介)★★★★☆

株式会社角川書店 角川文庫 初版 12年12月25日発行/13年01月07日読了

 いろいろ書評はあるようだが、私には今までの道尾作品で一番良かった。嘘と真実は藪の中。思う気持ちのすれ違い。大上段に構えるでもなく、何か外からジッと見つめる眼。王子さまが旅した星の一つで、酒瓶を抱えた酔っ払いがいた。顔を赤くなっているが、表情は暗い。王子さまが尋ねた。
「なぜお酒なんか飲むの?」
「忘れたいからさ」
「忘れるって、なにをさ?」
「はずかしいのをわすれるんだよ」
「はずかしいって、なにが?」
「酒のむのが、はずかしいんだよ」
それっきり黙りこくってしまい、王子さまは当惑してその場を立ち去りました。
「おとなって、とっても、とってもおかしんだなあ」と王子さまは、旅を続けながら考えてしまいました。(サン・テグジュベリ「星の王子さま」)

模倣の殺意(中町信)★★★☆☆

株式会社東京創元社 創元社文庫 第14刷 12年12月14日発行/13年01月09日読了

 「騙されずに見破れますか?」などという帯に惹かれて読んだが、叙述トリック(文章上の仕掛けによって読者のミスリード(誤解)を誘う手法)とは言え、この落ちはしっくりしない。

光の山脈(樋口明雄)★★★☆☆

株式会社角川春樹事務所 ハルキ文庫 第5刷 12年12月28日発行/13年01月13日読了

 帯に「山岳小説」とあったが、決して山岳小説ではない。地域社会の閉塞的、利己主義的世界で生き、山に活かされたロッタが、私的復讐に燃え、とヤクザ一家と零下20度の山中で死闘を繰り広げる大活劇ですね。

冷血(上)(下)(高村薫)★★★★☆

毎日新聞社 初版 12年11月30日発行/13年01月17日読了

 すべて犯罪は警察、検察において言葉で定義され明らかにされるものであるが、歯科医家族4人を殺した井上、戸田の強盗殺人の動機、殺意、犯意はついに言葉で定義されず曖昧なまま戸田は癌で病死、井上の刑は執行された。これに拘ったすべての人が消化不良のまま、その限界を感じた。明確な動機も殺意もなく一家4人殺しが行われたということに底のないような恐怖が走る。井上の心象風景には触れたが、事件は過去のものとなった。定義ができず、それは納得、安心ができず、それゆえに恐ろしい。「マークスの山」「照柿」に続く高村薫作品だが、細かい描写にとにかく読むのは辛く読書スピードは遅くなる。

ホテルローヤル(桜木紫乃)★★★☆☆

株式会社集英社 第1刷 13年1月10日発行/13年01月18日読了

 ラブホテルローヤルを巡る男と女の短編連作。それぞれが、ありそうであり、また、浮世離れした世界のような、いろいろな方向にはじけていく。

猿の悲しみ(樋口有介)★★★☆☆

株式会社中央公論社 再版 12年10月20日発行/13年01月21日読了

 弁護士事務所の事務員、実はムエタイが強く殺人歴もある裏家業の美人調査員。軽い乗りで肩肘張らず読めるがラストは少々消化不良。悪人をすべて懲らしめる勧善懲悪の必要はないが、スカッとしない。「猿」は文中の引用で分かるが悲しみとは一体なんだったのか。

灰色の北壁(真保裕一)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第3刷 12年7月25日発行/13年01月23日読了

 再読。あまり内容に記憶がなかったのでもう一度読むことにした。「灰色の北壁」は刈谷修は登頂を疑われても何故黙し続けたのか、ミステリーとしても面白い。

還るべき場所(笹本稜平)★★★☆☆

株式会社文芸春秋 文春文庫 第9刷 12年7月20日発行/13年01月26日読了

 笹本稜平の山の本は以前「未踏峰」を読んだが、山の厳しさが少しもなくてがっかりした記憶があった。こちらはまだましだが、K2となるとエベレストより登頂が難しいとされることを考えると、やはりどこか厳しさみたいなものに欠ける。話の中心のブロードピーク(世界で12番目、K3)もそうだが、K2の再挑戦も天候さえ良ければスイスイ登れるような書き方には違和感を覚える。

私を知らないで(白河三兎)★★★☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第3刷 12年12月18日発行/13年01月27日読了

 「普通の生活をさせる」方法はかなり非日常的だが、慎平自身その時は気がつかず、親が心配した通り、慎平は人には言えない深い悩みを抱えることになった。何故兎を飼っているのか、その兎に向日葵の種を与えているのかは最後に分かる。ほろ苦い姉ひかりへの祝福である。「家族とは親が子に与えるものじゃない。親子で築きあってできるものだ」という父がいい味を出している。

誰もいない夜に咲く(桜木紫乃)★★★☆☆

株式会社角川書店 角川文庫 初版 13年1月25日発行/13年01月28日読了

 最初の一ページで「あっ、これは読んだことが・・」と気付く。考えてみれば桜木紫乃のハードカバーは全部読んだのだから、文庫本書き下ろしでもなければ当たり前。巻末に「単行本『恋肌』を改題、大幅な加筆・修正、『風の女』追加」とあるので再読することにした。北海道の暗い風景の中で描かれる女は皆寂しく強い。

the TEAM ザ・チーム(井上夢人)★★☆☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第7刷 12年12月31日発行/13年01月29日読了

 いくら非合法の情報収集手段を持っているにしても、少々でき過ぎ。「目隠鬼」では、遊園地に子供を置き去りにした保育園も保育園だが、和也を含め亡くなった児童全員の名前が記事にあったというなら、最初の記事での児童参加者つまり死者は35名と記載されたはず。生還者がいたので慰霊碑には34人だが気がつかなかったか。

ぼくのメジャースプーン(辻村深月)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第24刷 12年7月24日発行/13年01月31日読了

少年少女の物語は比較的敬遠するし、辻村深月の本は結構厚い。しかし、読んでみればなかなか面白い。最後に秋山先生はどんな罰を市川に言ったのか。「医学部へ行けない」とすると僕の前言否定となり結果はどうなる。ふみちゃんへの「声」は発動されたのではなく素直で自主的な動きだった。