小説の木々19年01月

比田さんは、小さな薄黄色い花をいっぱいつけた、低い灌木の小枝を折った。花はいい匂いがした。私は比田さんの手から小枝を取った。「なんて花?」「サビタ」と、比田さんは答えた。タともテともつかぬ発音をした。「押花をつくってやろう。うまいもんだぜ」帰りに気をつけて見ると、その花はあちこちにしろっぽく咲いていた。山城館の付近にもあった。私は比田さんが手折ったから、この花も眼につくようになったのだと思った。(「短編伝説(別れる理由)/サビタの記憶」原田康子)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

告白の余白(下村敦史)★★★☆☆

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 18年12月10日発行/19年01月06読了

じつにまどろっこしい小説。京都の伝統の中に虚偽と皮肉とがないまぜにされ、なかなか真実に届かない。本当のことを知ることがいいことだとは思われていない。しかし、時折真実の欠片が見え隠れする。疲れた。

聖女の毒杯(井上真偽)★★☆☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第1版 18年07月13日発行/19年01月14日読了

コナンばりの少年探偵は一体なんだ、出てくる必要もない。結婚式で飛び石に毒殺されるが、どうやって誰がやったかの謎解きには興味は湧くが、理屈ばかりで面白くない。どんでん返しも狙ってるが、効果は薄い。

いっぺんさん(朱川湊人)★★★★☆

株式会社文藝春秋 文春文庫 第1版 11年02月10日発行/19年01月19日読了

表題の「いっぺんさん」は以前何かで読んだことがある。ほのぼのとした心温まるファンタジー。「蛇霊憑き」「山から来るもの」「八十八姫」はジワッと恐ろしくなるホラー仕立て。夜読んでいると思わず周りを見てしまう。この作家の短編はなかなか面白い。

流転の海第一部(宮本輝)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第59刷 18年12月10日発行/19年01月24日読了

主人公の松坂熊吾の粗暴で心優しく、豪放で小心、起業家というより山師。これから展開する長編の中で、熊吾の性格を充分説明しているようだ。裏切られたことはあるが裏切ったことはないこと、戦後一度は復活したが、家族の健康のため田舎に引っ込む優しさは、今後の活動の心配の種になる。まずは次を読もう。

流転の海第ニ部・血の星(宮本輝)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第34刷 18年12月15日発行/19年01月29日読了

妻と子供の健康を考え故郷の南宇和に引っ込んだが、熊吾の周りには問題を抱えた人ばかりが集まる。結局のところ故郷でさえ熊吾のいる場所ではなかった。どうも人の好さが利点であると同時に欠点になる危うさを抱えながら、再び大阪に出ていくことになる。