小説の木々10年1月

 2010年が明けた。今年もいろいろ本を読んでみたい。2010年1月の読み始めの「新参者」から読書メモを記録する。ただし、これは書評でも感想でもなく、本に出てくる樹木を中心に思いつくまま書くだけ。もちろん、樹木がまったく出てこない本もある。あとからこんな本も読んだかなと、その印象的な箇所、形跡を書き留めたい。あくまでもマイペースで。

新参者(東野圭吾)★★★☆☆

株式会社講談社 第5刷 09年12月10日発行/10年1月1日読了

犯罪の裏に隠された人々の喜び、悲しみを刑事が救っていく。翻訳家の友人が結婚するため海外に行くことになり、一時は怒っていた峯子はその友人のために桜の花びらの模様の入った箸をプレゼントしようとしていた。あのとき会う約束を1時間遅らせたから彼女は死んだ。「仲直りしたかったんだと思いますよ」多美子は手の甲で涙をぬぐい、刑事の顔をみつめた。めずらしく、人形町を舞台にした人情物だった。

遥かなる水の音(村山由佳)★★★☆☆

株式会社集英社 第1刷 09年11月30日発行/10年1月3日読了

「街路樹がほとんど葉を落としたせいで、その日アパルトマンから見る景色はやけにすっきりしていた」「街路樹のプラタナスが黄色い葉を降らせる下を、先に立って案内してくれた、さみしいくらい真っ直ぐに伸びた背中。わずかな間にオリーブ畑はまぶしいほどの赤に染まっていた。同じ風景をいま、小さな缶におさまった彼も目を細めて一緒に眺めているような気がした」そんな周(あまね)の「死んだらその灰をサハラに撒いてくれないか」と言う遺言を果たすため、同居していたゲイ、姉、友人2人がサハラを目指す。「生まれ変わったら何になりたい?」あの問いへの正しい答えを僕はもう持っている。生まれ変わらなくていい。灰のままでいい。ああ、なんて静かでなんて穏やかなんだろう。

点と線(松本清張)★★★★☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第125刷 09年12月15日発行/10年1月5日読了

一度白黒の映画をテレビでみたし、昔読んだかも知れない。言わずもがなの推理小説。情死した男のポケットにあった「お一人様」という列車食堂の受取書に一人の老刑事が引っ掛かりを感じる。そして十三番線から十五番線の列車を見通せる四分間の作られた偶然。真の犯人とも言うべき××省のお偉いさんはノウノウと蚊帳の外へ逃れるのは現代にも通じる感覚。「油須原(ゆすばる)という文字から南の樹林の茂った山峡(やまかい)の村を、余目(あまるめ)という文字から灰色の空におおわれた荒涼たる東北の町を想像するのである」亮子はこうして列車の旅をしていた。

孤宿の人 (上)(下)(宮部みゆき)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 初版 09年12月1日発行/10年1月9日読了

自分は阿呆のほうだと言われ自分もそう思っている。金比羅への代参で見捨てられ丸海藩へ辿り着く。宇佐はほうをつれ日高山神社にお参りする。「山のてっぺんなので、境内をぐるりと囲む松や銀杏や栃の木立は一様に背が低く、横へ横へと、優美な踊り子のように枝を張り伸ばしているが、鳥居のすぐ後ろに一本だけ、天まで届きそうな松の巨木が立っている。幹はひび割れ、灰色に皮がむけて、樹齢はすぐには見当がつかないほどだ」こんなほうが江戸で妻子や部下を殺し悪霊と恐れられた加賀様に仕える。「ほうは、詰め所の後ろに立っている桜の古木を仰いだ。青々と生え揃った葉が、そよ風に揺れている」しかし、ほうの純真無垢な気持ちが加賀様を癒した。ほうが屋敷の上に光るものを見たと言ったとき、加賀様は藩の企みを悟りほうを屋敷から逃す。

火と汐(松本清張)★★★☆☆

株式会社文芸春秋 文春文庫 第32版 09年11月15日発行/10年1月11日読了

「神代(くましろ)は深刻な顔で窓の外を見ていた。東にはそれが犯人の逃亡を懸念している先輩刑事の表情としか映らなかった」神代の予想通り芝村は逃げ切れないと分っていたようだ。「先生、阿仁さんは駄目な人かも分かりませんわ」一事不再理、同一刑事事件について、確定した判決がある場合には、その事件について再度の実体審理をすることは許さない。無罪を勝ち取った事件だが、「私は今この毛虫に対する殺意を生じている」。

ラッシュライフ(伊坂幸太郎)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第40版 09年12月25日発行/10年1月13日読了

「道に沿ってクヌギの木が立ち並んでいる。なるべくなら姿の隠れる場所を探そう、と京子はしばらく足を進めた。来た道を振り返る。背の高い柵のように並んだクヌギが邪魔で、停車している車はよく見えなかった」この間トランクに詰めた死体がバラバラになり、そして目的地に着くとバラバラだった死体がくっついて歩き出す。本の初めにエッシャーのだまし絵があるのが伏線で、ストーリー全体がだまし絵となって、5組(それは死体を切り刻んだ数でもある)のそれぞれのドラマが縦横に関連しながら進行する。それらの中を、赤い帽子と宝くじが串刺しで通る。40億円当たっている宝くじも、高橋、塚本、河原崎、黒澤、豊田、次に戸田に渡りそうになり辛くも失業中の豊田に残る。楽しめるストーリ仕立てである。

チャイ・コイ(岩井志麻子)★★★☆☆

中央公論新社 中公文庫 初版 05年3月25日発行/10年1月14日読了

中国南部には黄色い椿があるが、この本には黄色い梅が出てくる。「ベトナム南部の象徴だという黄色い梅だ。造花と思い込んだ、可憐なのに毒々しい花。私にはこれが、正に何かの象徴に見えた。この街の印象だとか、これまでの自分といった簡潔なものではない。まだわからないのに、わかりかけている何かだ」全編の八割が性描写である。女流作家だからだろうか、露骨な描写に拘らず、即物的でいやらしさがない。「愛人の靴の下で、黄色い花は死骸になっていた」やっぱり自分ではこの本は買わないな、これを頂いた女性に読後感を送った。

青葉の頃は終わった(近藤史恵)★★★☆☆

株式会社光文社 光文社文庫 初版 05年11月20日発行/10年1月16日読了

学生時代から付き合ってきた仲良し男2人、女4人のグループ、瞳子(とうこ)は何故自殺したか、推理小説とあったが、青春の終わる時期の小説。「空は高く、風は気持ちよく、そうして目の前の庭には金木犀が咲いていた。檻から一歩抜け出せば、世界はこんなにもきれいなもので溢れているのに、彼女はもういないのだ」愛情という形で押し付けられるものは拒むことができない。自殺までする理由になるのかはあまり拘らないとしても、本人は無神経にもそれに気が付かない。友人それぞれが、それぞれの理由で瞳子を殺したのは自分ではないかと思う。カバーの木は「アオハダ」であろう。

不自由な心(白石一文)★★★☆☆

株式会社角川書店 角川文庫 第13版 09年09月20日発行/10年1月19日読了

なんだ不倫小説じゃないか、というのは簡単なこと。「雑木林や畑の残る東京郊外のいなか道を秋の澄んだ陽を浴びながら散策すると、やはり気持ちが穏やかに静まってくるのだった。紅葉の季節は終わったが、枯葉の積もった中に群れる裸の木々を通して射し込む透明な光に包まれると、自分の肉体、そして自分の過去かわ現在までもが真っ白に洗われてきれいになっていくような気がする」「風が出てきたのか病院の裏庭に植わった桜木の梢がかすかに震えていた」真面目というのは他人を疲れさせるもんだ。ただ頑固ということだからな。由利子は去った。「遊園地はさすがに空いていた。咲き始めた桜が美しく、そのつづく並木道を二人でゆっくりと歩いた」仁美と最後に会った日だった。「そこは夏だというのに格別の涼しさだった。木漏れ日が射し込むカツラやトチの林をずいぶんと歩き、ふっと視界が開け、その場所に三枝たちはたどりついた」そして癌で余命いくばくもないと診断され屋上に上がった三枝はひとおもいに跳躍する。「あなたは人を愛せないのよ。本当は心の芯が氷のように冷たいくせに、うわべだけはやさしくてあったかく見える。それでみんなをだましてきたのよ」おそらく江川は変えられない、このまま進んでいくしかないのだろう。

ひなた(吉田修一)★★★☆☆

株式会社光文社 光文社文庫 初版第1版 08年06月20日発行/10年1月21日読了

尚純とレイ、尚純の兄である浩一と桂子。四人の視点で春夏秋冬が語られる。読み終えてみてそこにある表に出ない事柄が、淡々と普通の日常が大きな事件も無く過ぎて終わるところにある種の空恐ろしさが浮かび上がる。「区民館の中庭に、一本だけ紅葉の樹が植えられている。全面コンクリート敷きの中庭なのだが、そこだけぽっかりと穴が開けられ、大きな紅葉の樹が植えられているのだ。先週すでに真っ赤に色づいていた。そして今では、白いコンクリートの地面に、その葉がまるで敷きつめられたように落ちている。もう五分ほどタバコを吸いながら、この樹を見上げているのだが、まだ一度も葉が落ちる瞬間を目にしていない。もちろんさっきから何枚も葉は落ちているのだが、それが枝から離れる瞬間をどうしても見ることができないのだ。流れ星を見るのと、葉が落ちる瞬間を目撃するのではどちらが難しいのであろうか。佐々木に腕を引かれるようににしてベンチを立った。そのときだった。目を向けていた枝の先の葉が、その瞬間にひらりと離れたのだ。あっ、思わず、うわずった声が出た」

神々の山嶺(上)(下)(夢枕獏)★★★★★

株式会社集英社 集英社文庫 第12刷 07年06月6日発行/10年1月26日読了

山岳小説を始めて読んだのはいつだったか定かでないが新田次郎の「孤高の人」だった。死と向かい合せの圧倒的な緊張感が伝わってくる。「むこうには常念岳や蝶が岳の白い頂が見えている。ダケカンバやシラビソの樹々が、眼下の白銀の雪の上に映えているのが見える」パートナーの岸が落ち宙吊りになった。羽生は確保したがこのままでは二人とも死ぬ。「カラ松が、みごとに黄葉しており、山全体が、燃えるような彩に包まれていた」深町は再び羽生に会いにカトマンドゥに行こうとしていた。「深町は地面に落ちた、枯れ葉や石を、重い登山靴で踏み締めながら歩いていく。落ち葉や枯れ葉の上には、白く霜が降り、水溜りには薄く氷が張っている」何故羽生に会いに行くのか、羽生は何故山に登るのか。深町は何をしたいのか分からず苦悶しながら、羽生の写真を撮るためエベレスト南西壁冬期無酸素単独登頂を追う。そして羽生は終に帰って来なかった。「深町の頭の上で、桜が騒いでいる。闇の中で、桜の枝がしきりに動いている。風が止まない。桜の花は、全て散っている、葉桜だ。桜の青葉が、頭上でうねっている。」涼子が言った、「行ってもいいのよ」深町は再びエベレストに登る。G.マロリーがエベレストに初登頂したか今でも謎である。遺体は見つかったが、カメラは見つかっていない(本編では羽生がカメラを持ち帰る)。羽生は実在の登山家森田勝をモデルにし、ほぼ同等の足跡を辿る。G.マロリーは「そこに山があるから」と言った。いや、違う、そんなんじゃない、と深町は叫ぶ。

火の粉(雫井脩介)★★★★☆

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 第19刷 09年10月1日発行/0年1月29日読了

「今は片隅に南天や小さな松、つつじなどが植わり、もう一方の隅には安く買ったパンジーなどの小鉢が二段の棚に十個ほど並べてある。広い庭ではないが、ちょっと寂しい感じがする」そんな隙間に、かって裁判官だった梶間家の主人勲が、家族3人の惨殺事件の被疑者で、無罪を言い渡した、そして偶然にも隣に引っ越してきた武内が、ザラザラとネチネチを合わせた様な不快感をもってスルリと滑り込む。ここから気が付かないうちに徐々に梶間家が崩れていく。「外見は木の色にくすみがあり、多少の年季はかくせないものの、その周りに植えられているツバキの木は、ほどよく手入れされていて清潔感がある」薄気味悪さを感じて家を出される雪見があれほど言ったのに誰も信じなかった。隣人の異常性がやっと分かってくるがすでに遅く、梶間家の人たちに危機が迫る。松本清張の「種族同盟」を思い出す。