小説の樹々22年01月

夏の終わりの夜は蒸し暑くて、どこからか花火の匂いがした。空を仰ぐと百日紅の赤が夜目に鮮やかに映る。その向こうには小さな星が幾つか瞬いていて、明日も晴れだと言っている。酔った勢いで美晴の手を掴み、子どものようにぶんぶん振って歩く。鼻歌を歌うと美晴が笑ったから、私も笑った。他愛ない夏の一日だった。(「52ヘルツのクジラたち」町田そのこ)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

悪い夏(染井為人)★★★☆☆/ISBN978-4-04-109872-1

株式会社KADOKAWA 角川文庫 第7刷 21年12月20日発行/22年01月03日読了

国内の不正受給件数は年間約4万件(2-3%)、100-200億円(0.4-0.5%)、生活保護生活保護は本当に受けるべき人が受けるのであれば必要な制度であるが、性善説による制度ではある一定の不正受給を織り込み済みの制度である。また、底辺の人間が職に就いても得られる給与は生活保護よりも低いのが現実であることや外国籍の人の受給を考えれば、まだまだ問題も多い。あくまでも一時的な生活復旧を目指すものだが、働くことを放棄する人も多い。難しい問題だが、話の落しどころに興味があったが、最後のドタバタは興味半減であった。「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇だ」(チャールズ・チャップリン)

彼女が最後に見たものは(まさきとしか)★★★★☆/ISBN978-4-09-407093-4

株式会社小学館 小学館文庫 初版第1刷 21年12月12日発行/22年01月11日読了

人間関係に惑わされた。「亡くなった人を思っていつまでも泣いているというのは、その人の生ではなく死を見ていることになると思うのです」郁子の人生は決して幸福ではなく理不尽な仕打ちであろが、死ぬ前につかの間、光を見た気がする。「あなたは自分の過去に向き合おうとしているのかもしれません。でも、過去を共有する人にも向き合っていますか?」死者と残されたものへのレクエイム。

屑の結晶(まさきとしか)★★★☆☆/ISBN978-4-334-91306-9

株式会社光文社 初版第1刷 19年09月30日発行/22年01月24日読了

女性2人を殺したクズ男、それを支援するクズ女。クズ男を弁護する女性弁護士は、釈然としないものを感じクズ男を理解できなかった。2人の女性の関係、殺人の動機。分からないことばかりだった。その決め手がM町にあった。読者にはその直向きな本心を明かして見せたが、最後まで二人の繋がりは不明のままだった。