小説の木々16年01月

ならの葉のなかに、銀の太陽があった。ふと顔をあげた野口は、光のまぶしさで、まばたいてから、それを見なおした。光がじかに目にあたるのではなかった。光は葉のしげりのなかに宿っていた。・・今日の夕方は、ならの葉がしずまりかえっていて、しげる葉のなかの光も静かであった。「ううん?」と、野口は声にも出た。薄暗い空の色に気づいたからである。太陽がまだならの高い木立のなかほどにある空の色ではなかった。日が今沈んだような色であった。ならの葉のなかの銀の光は、木立の向こうに浮ぶ小さな白雲が、入日を受けてかがやいているのだった。木立の左に遠い山波は淡い紺一色に暮れていた。(「掌の小説/白馬」川端康成)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

きみの鳥はうたえる(佐藤泰志)★★★★☆

株式会社河出書房新社 河出文庫 初版 11年05月20日発行/16年01月06日読了

ルームシェアをする僕と静雄、その中に紛れ込んできた佐知子。将来も見えない三人は、奔放気儘でナイーブな夏の日々を過ごす。静雄には気が触れた母がいたが一人では帰れないので僕や佐知子に一緒に行こうと誘う。兄が迎えに来て帰ったが、静雄を母を直視出来なかった。それは母への愛の裏返しだったのか。
「今度誘って、いいよ、といって上気した耳朶を見た。そして、でもただじゃすまないぜ、とふざけるつもりでいうと、こわばった怒った目つきで僕を見返してきた。少したってから、いいわ、誘ってよ、とうわずった声を出した。」

ひとごと(森浩美)★★★☆☆

株式会社KADOKAWA 角川文庫 初版 15年05月25日発行/16年01月08日読了

「他人事ではない」はいつか自分にも、という意味であり、「他人事」は「たにんごと」ではなく「ひとごと」と読みたい。他人との付き合いはもちろんだが家族との付き合いほ拗れると余計に意固地になって難しくなる。「固く結んだ紐は、いざ解こうとすると面倒」、どちらかでも歩み寄ろうとすれば氷解する場合もある。この本では最後にそうした光を見せており、その意味では随分楽観的であり、せめてもの救いか。

内海の輪(松本清張)★★★☆

株式会社光文社 光文社文庫 初版第1刷 13年02月20日発行/16年01月10日読了

計画も実行も完璧の筈だった。しかし制御できないのが偶然性で、偶然が過ぎると興覚めするが、得てして偶然性から破綻する。さらに、そこから忍び出てくる犯罪の臭い。どこかに安心感から来る緩みも見逃せない。

生きてるうちに、さよならを(吉村達也) ★★★☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第7刷 15年11月16日発行/16年01月11日読了

手紙や日記風の平易な文章で読みやすくサクサクと。社会的に成功して一部上場の社長になった本宮、という設定がちょっと鼻に付き、全体の深刻さを殺いでいる。ストーリ仕立ては良しとしても、もっと綿密にシリアスに書いてあれば湊かなえ風のサスペンスになっただろう。

純愛小説(篠田節子) ★★★☆☆

株式会社角川グループパブリッシング 角川文庫 再版 11年03月25日発行/16年01月13日読了

中高年の男や女が、「純愛」という名の、屈折した心の闇に彷徨い、異常というほどでもなく、浮気、崩壊、執着、憧憬が揺れ動く狭間に落ち込んでいく。「純愛」という名の心の闇に引き摺られていく。「夫婦の間では浮気問題についての時効はない。水に流したかに見えて、トラブルが持ち上がれば、その都度、蒸し返され、交渉の切り札として使われる」どこか自分に素直に行動しているのを見ると、その闇の深さを感じる。

女たちのジハード(篠田節子)★★★☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第14刷 13年03月11日発行/16年01月16日読了

「ジハード」という言葉は聖戦と訳されることが多いが、厳密にはイスラムの宗教的義務で、努力、奮闘という意味であるらしい。厳然と男女差別があり、より条件のいい結婚を夢見ている女性たち。挫折、失敗を繰り返しながら、自分の道を見つけ飛び立っていく物語である。紀子を除く皆がみんな活動的で一種の成功物語だが、同じ職場、自分のまわりにこれほど集まるのはいかにも小説の都合の良い世界。しかし女性への応援歌として読めばそれもよい。「ごく普通の男、一般名詞としての男などというものが存在しないのと同様、ごく普通の結婚などというものもありえないのだ。・・世の中に普通のOLなどという人種はいないし、普通の人生もない。いくつもの結節点で一つ一つ判断を迫られながら、結局、たった一つの自分の人生を選び取る」

たんぽぽ団地(重松清) ★★☆☆☆

株式会社新潮社 第1刷 15年12月20日発行/16年01月21日読了

作者が語り手になって、少し上からの目線で物知り顔で教訓めいてのいつものパターン。こうすると必死さ、切迫感が希薄になる。話もいつもの小学生パターンだが、時空たつまきと大円団は噴飯もの。「子どもにものごころがついたら、あとは自分で覚えておけばいい。その前のことをのこしておいてやるとこまでが親の務め」

コーヒーが冷めないうちに(川口俊和) ★★★★☆

株式会社サンマーク出版 第4刷 16年01月05日発行/16年01月22日読了

タイムトラベルのパラドックスはこの際別にして、不思議世界をルールで縛りながら、過去にもう一度会いに、あるいは未来に初めて会いにいく。現実は何も変わらないルールを承知しながら、現実は何も変わらない、変わるのは自分自身だと気付く。その気付きこそが大事だと。

薄情(絲山秋子) ★★★☆☆

株式会社新潮社 第1刷 15年12月20日発行/16年01月25日読了

場所が群馬で、榛名山とか赤城山がそのままある風景がいい。神職の見習いである静生はこれといった覇気も希望もなく、土地者とよそ者の狭間にいる。よそ者は何れ去って記憶から抹消され、暗黙の裡によそ者には薄情である。そんなちょっと田舎に生きていく。劣等感なんか要らないんじゃないか。「欅は八年くるい続ける」、製材してすぐだと反ったり曲がったりしやすい性質の材木だが、手間をかける以上の魅力がある。

私は絶対許さない(雪村葉子) ★★★☆☆

株式会社ブックマン社 第2刷 15年12月25日発行/16年01月26日読了

こうした事件を目にするたびに法律の壁に理不尽さを覚える。手記なので文学的云々はないが、開き直って生きていく様は逞しい。

掌の小説(川端康成)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第75刷 13年4月25日発行/16年01月28日読了

掌編集なのでいつでも読めると思っていたが、思いの他時間が掛かってしまった。書けるらなこうしたものが書きたと思いながら読んだ。掌編故の刹那的時空間で、その裏にある広がりや深さが感じられる。