小説の木々14年01月

 窓から弱い風が入り、ふうわりと、甘い匂いがした。がたがたと上にガラス戸を持ち上げる方式の、外国映画のなかでしか見たことのない窓だ。どうやって固定するのか、妙な興味が湧いて近づく。外の空気を吸いたかったのかもしれない。見おろすと、こんもりと樹木の茂った裏庭が見えた。何本かの木は、いっぱいに白い花をつけている。甘い匂いはそこからくるのだろうか。・・・こんなところで泣くわけにはいかない。第一、それは一体何に対する涙なのか。「桜ですか?」岸部の声がした。いつのまにか、すぐ隣にやってきていた。「はい?ああ、いいえ、杏です。今年は花が遅くて」口髭が窓の外を見てこたえる。桜?私は人の好い岸部に、無性に腹がたった。わざわざいまここで、無教養をさらすことはないではないか。(「抱擁、あるいはライスには塩を(上)」江國香織)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

ゼツメツ少年(重松清)★★★☆☆
株式会社新潮社 初版 13年9月20日発行/14年01月07日読了

途中から話が、現実か小説の中の想像か、おかしくなってくる。親は当たり前すぎて言わないが、親が一番願うことは、夢や希望より、「生きていて欲しい」。いじめ問題で自殺者が出るたびに考えさせられる。

死の刻(麻野涼)★★★☆☆
株式会社文芸社 文芸社文庫 初版第2刷 13年11月20日発行/14年01月09日読了

爆破犯との攻防は緊張感があっていいが、三人が再開する場面は少々偶然が過ぎる。これほどのことを起こす動機は一体何か、真実を吐かせるためにここまでやるか。正義とか復讐とは異なる自己精算が根底にあり、既に死を覚悟した三人には、いかなる説得も意味をなさなかった。

血の轍(相場英雄)★★★★☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 第2版 13年12月25日発行/14年01月13日読了

公安警察の恐ろしさが分かる。公安の前にはプライバシーなど無いに等しい。「正義はときとして姿を変える」、自分の正義は必ずしも他人の正義ではないということか。本来の警察機構に、国家の安泰という建前の衣を着せ、真実を隠蔽し、組織維持を図る姿は凄まじい。しかし、ラストの刑事部と公安部の個人的スキャンダルを交えた泥仕合は、ヒステリックで品格に欠ける。

彼女のため生まれた(浦賀和宏)★★☆☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 13年10月10日発行/14年01月15日読了

真犯人の勝手な構想、計画には唖然。大衆が真実として納得することが真実。まるで三流週刊誌を読んでいる気にさせられる。P67の「子供がいなければ」は「子供がいれば」の誤りだろう。初版ゆえの誤りか。

かなたの子(角田光代)★★★☆☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第1刷 13年11月10日発行/14年01月17日読了

死んだ子供は「くけど」の浜で石を積みながら次に生まれる順番を待っているというのも面白い伝説である。生まれ、死ぬ輪廻を思わせる。前世、現世、未来も錯綜し、巡り来る不思議な世界観を思わせる。これに下敷きにおいて、普段の生活に潜むなんとも言えぬ恐怖。

めざめ(藤堂志津子)★★☆☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 第3刷 08年12月20日発行/14年01月18日読了

読みやすいが深みを感じない。まるで昼のメロドラマ。

双子の悪魔(相場英雄)★★☆☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 第2版 13年7月25日発行/14年01月20日読了

プロレス観戦、方言、車等々伏線はいろいろあり、経済犯罪の怖さも十分知らしめるものだが、犯人があまり表に出てこないので表層的に事件が流れ過ぎ。英里の夫秋田が在日韓国人というのも最後に分かり、犯人の協力者だとは分かるが、その立ち位置も判然としない。なんだか分からないうちに読み終えた感が否めない。

等伯(上)(安部龍太郎)★★★★☆
株式会社日本経済新聞出版社 第8刷 13年1月24日発行/14年01月22日読了
等伯(下)(安部龍太郎)★★★★☆
株式会社日本経済新聞出版社 第8刷 13年1月24日発行/14年01月23日読了

長編はじっくり読めていい。等伯が完全無欠なスーパーマンでなく、追われるように家を出て、兄、主君筋の姫に何度も騙され、信長から追われながらも、苦労を乗り越え絵に精進していく。その才能を認める人達に守られ、殺された久蔵の栄誉を守るため死を賭して、終に秀吉に書き上げた松林図を見せる場面は感動的。時代劇だが文章が平易で、反面重厚さには欠けるが読みやすい。松林図を一度見てみたくなった。

水に眠る(北村薫)★★★☆☆
株式会社文藝春秋社 文春文庫 第13版 10年1月15日発行/14年01月24日読了

この作家の作品は、直木賞受賞作の「鷺と雪」で失望し久しく手にしなかったが帯が面白そうで手にした。「植物採集」「ものがたり」が、直接的でない半面切なくて良かった。

幸福な生活(百田尚樹)★★★☆☆
株式会社祥伝社 祥伝社文庫 第7版 14年1月25日発行/14年01月25日読了

最後の一言でグサリ、軽いノリのショートショートである。いずれも洒脱だが、最後の「幸福な生活」は、まさに邯鄲の夢、ジワジワと恐ろしい。今自分自身、夢の中なのかもしれないと。

抱擁、あるいはライスには塩を(上)(江國香織)★★★☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第1版 14年1月25日発行/14年01月26日読了
抱擁、あるいはライスには塩を(下)(江國香織)★★★☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第1版 14年1月25日発行/14年01月27日読了

深窓の豪邸、子供たちは大学までは学校に行かせず家庭教師で教育する。ここまではいいとしても、次々に明らかになるこの家庭の人間関係はまったく理解できないものだった。しかも誰も疑問さえ抱かず、世間を超越したような世界である。ただ、一人、また一人と徐々に家族が減っていき、この後の没落が垣間見える。

通夜の情事(藤田宜永)★☆☆☆☆
株式会社新潮社 新潮社文庫 13年12月1日発行/14年01月28日読了

「枯れるにはまだ早い、人生を降りない大人に捧げる」などという帯に惑わされて読んでしまった。めぐり合いも芸もなく、古い曲や映画の題名を並び立てれば青春時代への郷愁であるかのような錯覚で書かれても何も感じない。

アカシア香る(藤堂志津子)★★★☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 08年10月25日発行/14年01月30日読了

アラフォーを過ぎた、45歳の美波の心の動きが、少々興味深く読めた。若いときのようなバイタリティも向こう見ずな気負いもなく、煩わされ束縛されたくない気持ちも。会社に戻る今後はどうなるか分からないが、まだまだ枯れない。