小説の木々11年12月

 山々に春霞が薄く棚引き、満開の山桜がはらはらと花びらを舞い散らせている。昨日まで降り続いた雨のせいか、道から見下ろす谷川の水量が多い。流れは速く、ところどころで白い飛沫があがっている。「蜩ノ記(葉室麟)」

蜩ノ記(葉室麟)★★★☆☆

祥伝社 初版第1刷 11年11月10日発行/11年12月1日読了

 武士社会の不条理、理不尽が背景にある。不義密通の罪で10年のちの切腹を命じられる。弁明はしないのかとの問いに、「疑いをかけてきたのが、自分を信じてくれているはずの相手でもか」という。清廉潔癖すぎるきらいはあるが、生き様というのか、死に様というのか、ブレはない。「蝉時雨」、「利休に尋ねよ」を思わせる箇所もあるが、爽やかな読後感である。

崩れる(貫井徳郎)★★★☆☆

株式会社角川書店 角川文庫 初版 11年3月25日発行/11年12月3日読了

 自分の夫を「これほどカスだったとは思わなかった」、そしてある日切れた。「憑かれる」は先日の「世にも不思議な物語」の一題目。ふだんの生活に潜むささやかな恐怖短編集。それほどのお勧め本ではない。

検事の本懐(柚月裕子)★☆☆☆☆

株式会社宝島社 第1刷 11年11月24日発行/11年12月7日読了

 亡くなった隆一郎が資産管理を任せたときに亮子への金を遺産相続等できちんと処分しないはずがない。何も処分せず金だけ与えれば横領になることは明らか。また捕まってから佐方が自分の財産から返済すなら、最初から自己資産を使えばよかったはず。すべて横領が底にあるので、これが書かれてなくモヤモヤ感だけ残った。

アミダサマ(沼田まほかる)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 初版 11年12月1日発行/11年12月08日読了

 ミハルが猫のクロの魂を彼岸から此岸へ呼び戻してから、集落が、集落の人々が、特にミハルを愛して止まない千賀子が壊れていく様が秀逸。読み終えて、布団に入って暫くゾクゾクする。

ふたり狂い(真梨幸子)★★★☆☆

株式会社早川書房 早川文庫 初版 11年11月15日発行/11年12月10日読了

 一つ一つが短編だが全体で連作となっている。それぞれが入り組んで繋がっており、少しずつずれていき狂気となっていく様が恐怖。読んだあと時系列、登場人物を整理しないと、どれが本当なのか混乱します。

みのたけの春(志水辰夫)★★★☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 11年11月25日発行/11年12月13日読了

 ちょっとえぐい本が続いたので口直し。志水辰夫の時代物はちょっとという神奈川のC葉さん、おそらく「青に候」(未読)だろう。しかし、こちらはなかなか良かったですよ。坂本龍馬の逆バージョン。仲間からも師からも何故母を捨て京に出ないか問われるが「この風景のなかに、自分のすべてがあるといまでは思っている。すぎてみれば、人の一生など、それほどの重荷なわけがない。変わりばえしない日々のなかに、なにもかもがふくまれる。大志ばかりがなんで男子の本懐なものか」と母を世話しながら過ごす田舎生活を選ぶ。

ピース(樋口有介)★★★☆☆

株式会社中央公論社 中公文庫 第8刷 11年9月25日発行/11年12月17日読了

 県警のベテラン刑事坂森はコロンボを思わせるしつこさで真相に迫る。連続バラバラ殺人の動機が気持ちはわからないではないがそこまでやるか。マインドコントロールがここまで都合よくできるか。しかし、細部はどうあれ二十年前の因縁の儀式は始まった。「玄関の前には人の背丈ほどの椿が一本、剪定をされずに植わっている。まだ十月の半ばで椿の咲く時季ではないはずなのに、その枝には五、六輪の赤い花がついている」

七色の笑み(小玉二三)★☆☆☆☆

株式会社光文社 光文社文庫 初版第1刷 11年10月20日発行/11年12月19日読了

 もはや官能小説を超えた著者会心作、などと書かれ、本屋の一押し平置きあったので買ってみたが、ストーリ性のないAVを見た思い。どうも古典だという「人に知られぬ女盗賊の話」がベースにあるようだが、それさえもなんだか。それでも6人の男を集め、どうやって終わらすのか思って読み進めたが、ラストは最悪。

鬼の跫音(道尾秀介)★★★☆☆

株式会社角川書店 角川文庫 初版 11年11月25日発行/11年12月21日読了

 なんとも怖い話。何故死体ととも自らの身元が分かる品物を埋めたのか(鈴虫)、刑務所製作品の椅子こっそり彫られた文字は(ケモノ)、日にちが一日ずつ遡っていき徐々に全貌が分かってくる(冬の鬼)、読み応えがありましたね。

みんな邪魔(真梨幸子)★★★☆☆

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 11年12月10日発行/11年12月23日読了

 まるで女性週刊誌。「青い六人会」、少女時代の漫画に憧れ、中高年になってのめり込むファンサイト。みんなそれぞれに自己中心的で、煮ても焼いても食えないおば様たち(?)、しかしガブリエルには気が付かなかったナ。

慟哭(貫井徳郎)★★★★☆

株式会社東京創元社 創元推理文庫 第52版 11年1月7日発行/11年12月27日読了

 何故幼児誘拐殺人事件と新興宗教が同時並行で進むのか奇異に感じていた。それは突然、「もう、おやめなさい。XXさん」で明確になる。確かに最初の被害者雪穂ちゃんのデジタルルートは「8」で「4」ではない。時間のトリックですね。

パワースポット(真梨幸子)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第1版 11年2月7日発行/11年12月31日読了

 真梨幸子の作にしてはあまりエグイ所もなく、軽い読み物。今年は沼田まほかるといい、真梨幸子といい、これでもかとかく作品は新しい境地。楽しませてもらった。