小説の木々11年11月
タクシーから降りると、出迎えた宿の者が荷物を運んでくれた。宿泊受付を済ませると、部屋に案内された。宿自慢の、日本庭園が見渡せる部屋だった。建物は変わったが、庭の造りは変わっていなかった。芝が敷かれた敷地に、松やつつじなどの樹木が植えられている。その中に、見覚えのある樹があった。枝垂れ桜だった。葉が落ちた茶色い枝が、時折吹く初冬の風に揺れている。昔、美津子とこの宿を訪れたときは春だった。桜が満開で風が吹くたびに、さらさらと花びらが散っていた。あの美しい光景は、今でも鮮明に脳裏に焼きついている。美津子は仲居が入れてくれた茶にも手をつけず、縁側から庭に出ると冬囲いをしている木々を見上げた。「最後の証人(柚月裕子)」
最後の証人(柚月裕子)★★★★☆
株式会社宝島社 宝島社文庫 第2刷 11年7月9日発行/11年11月2日読了
被告人がなかなか出てこない、その理由はあとで出てくる。被告人は部屋をとる際に偽名を使っている、ここで「アレッ、話が変だ」と思う。公判三日目に初めて被告人の名前が呼ばれる。ここから7年前の交通事故からつながった計画の全貌が見え出してくる。
あれから(矢口敦子)★★☆☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 第2刷 11年10月30日発行/11年11月6日読了
痴漢事件の冤罪、これに伴う家族の崩壊、かなりシリアスなテーマだが、筆力がついていっていない。どうも無駄な話が多くてだれて、全体に緊迫感が足りない。もっと理不尽でもいいと思うが、かたや偶然を使いすぎるきらいもあって、興味が薄れる。
株式会社宝島社 宝島社文庫 第1刷 10年3月19日発行/11年11月10日読了
共感覚という耳慣れない一種の能力は話の重要な要素だろうが、こうした要素は話の現実感、シリアス感が削がれる。サスペンスとしては構成が単純で、上巻で大体話の全貌がわかってしまう。ただ、結果は予想しながらも下巻は一気読みしてしまった。
雪沼とその周辺(堀江敏之)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第8刷 11年8月25日発行/11年11月11日読了
ミステリーやサスペンス物に慣れてきて、フッとこんな小説を読むと、時間の流れが突然変わり、しみじみとした余韻がこみ上げてくる。大事件ではないがそれぞれにある人生、人生の後半を向かえ過去を振り返りながらも、また席先を見る登場人物たち。時間が静かに滔々と流れていく。
ふたたびの恋(野沢尚)★★★☆☆
株式会社文芸春秋社 文春文庫 第2刷 07年11月15日発行/11年11月12日読了
いかにもテレビ脚本家らしい恋物語。舞台用書下ろしだという。現に役所、永作、国村の3人芝居で舞台化されている。短編だからあっさりと味わい深く、ドロドロしていなくていい。「それ自身の重みに耐えられなくなったのか、椿の花びらがまたひとつ、「ふさっ」と音をたてて庭の茶色い芝生に落ちたのを、わたしは見た。三日前から散り始めた椿だったが、そのままにしておく。冬枯れの芝生に赤い涙が点々と落ちていくような風景に、わたしは何故だか慰められていた」
遺稿集(鴨志田穣)★★★★☆
株式会社文講談社 講談社文庫 第1刷 10年10月15日発行/11年11月15日読了
初めて読む作家であった。それも他「アジアパー伝」のような題の作品は決して手にはしない類である。もっと歳を取っているかと思ったら、生年は私より遅い。10回の静脈瘤破裂、アル中、腎臓癌、まさに破滅型の人生が凄まじい。「焼鳥屋修行」辺りから不思議と引きずり込まれていった。未完で終わっているのがなんとも寂しい。退院したその日から三軒のはしご酒、読んでいてももう飲むなよ、と思う。文庫本の最後は別れた奥様との出会い、悲しいけど十分良質な本です。
殺人鬼フジコの衝動(真梨幸子)★★★☆☆
株式会社徳間書店 徳間文庫 第13刷 11年10月20日発行/11年11月17日読了
相当エグイ味の本でした。最初変だなと思った箇所は「一家三人が惨殺、しかし妹はまだ学校のはず」と思ったところ。いやいやこれはこの本に仕組まれた3重構造。一段目ははじがきとあとがきの美也子の視点、二段目はこの物語を書いた1,2、9章の「私」の早季子の視点、三段目が3から8章の「私」で殺人鬼となった藤子の視点。あとがきで大叔母の茂子と宗教団体が藤子をコントロールしていたことを暗示させて終わる。読んで不快感さえ出てくるところもあるが、母親と似ていないと繰り返すたびに同じように落ちていく様が恐ろしい。
孤虫症(真梨幸子)★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第3刷 11年11月1日発行/11年11月20日読了
虫の嫌いな方、決して読んではいけません。ゾワゾワ、ザワザワ、身震いです。最初は明らかに主婦の麻美(あみ)の語りであったのに、最後に人が変わる。ぼやかして書いてあれば良かったのにちょっと残念。
葉桜の頃に君を想うということ(歌野昌午)★★★☆☆
株式会社文芸春秋 文春文庫 第24刷 11年7月5日発行/11年11月23日読了
タイトルを見たとき恋愛小説かと思った。裏表紙の概説では私立探偵者。時折変だな、と思いつつも、「俺が七つ歳上で、やつは今現在都立青山高校の生徒」にすっかり騙された、ここがこの小説のミソ。年老いた成瀬の張り切りは滑稽でさえある。
深く深く、砂の埋めて(真梨幸子)★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 11年8月12日発行/11年11月27日読了
有利子は単純に贅沢が欲しいだけ、男が独占しようと思えば、金が続くわけがない。それを求めるだけの美貌を持っていた。身体を与えることも嘘をつくことも厭わず、ひたすら贅沢を求め、その一方で矛盾なく愛を語る。男がそれに狂っただけ。狂気に理由はない。
乱反射(貫井徳郎)★★★★☆
朝日出版社 朝日文庫 第1刷 11年11月30日発行/11年11月29日読了
この本発売日が明日、600ページを発売前日に読了。一つ一つの小さなマナー違反が積み重なって2歳の子供が死んだ。章番号が「ー44」から始まり、それが段々その時(つまり0章)に向かって減っていく。皆、私は悪くない、責任はないと怒る。では誰が悪かったのか、自分もそうではなかったか。最後に少しだけ癒しがあってほっとするが、怖い話でもある。