小説の木々12年02月

 どこを走っていりのか自信がなくて横を見ると、川と道の境をはっきりと見極めることが出来ない。次の一歩が地面を踏み外してどこまでも沈み込んでゆくかもしれないと思いながら進む。走るつもりが足が返って重たくなってゆく。気づくとすぐ右横、一メートルも離れていないところが柳の並木になっていて、枝先が水に浮いている。すぐ向う側には足許の茶色とは違う、灰色がかった緑色の水が流れている。驚いたのはその川幅分の水だけがこちら側よりいくらか盛り上がって見えることだ。「共食い(田中慎弥)」

共喰い(田中慎弥)★★★☆☆

株式会社集英社 第2刷 12年1月31日発行/12年02月01日読了

 芥川賞受賞インタビューで物議を醸した作家、読んでみないと分からない。
川辺のヘドロの匂いが立ち上ってくる。その川で釣った鰻のぬめり。生みの母親を仁子さんとさん付けし、その仁子さんから「もうちょっと綺麗な子なら」と言われる幼馴染の千種とのセックス。川辺に閉じ込められ逃れられそうにない17歳の性と血の抑圧。性交中に暴力を振るう父親の性癖を自らの中にもみる遠馬。父が死んで何かが変わったのか。生理用品など不要になった仁子に対して「生理用品は拘置所が出してくれるのだろう」と思う遠馬の的外れな呟きはなんだろう。

マルス・ブルー(鳴海章)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 12年1月17日発行/12年02月04日読了

 時節柄、日本海沿岸の原子力発電所の爆撃は恐怖である。アメリカ、ソ連、中国、それに北朝鮮の駆け引き、裏工作。それに引き換え日本の安穏とした防衛、軍事、外交意識も空恐ろしい。公安警察の証拠さえ必要としない暗躍。しかし、リアリティーのあるF-15戦闘機が飛ぶ場面は秀逸。

龍神の雨(道尾秀介)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 12年2月1日発行/12年02月06日読了

 母が海で、再婚した父は癌で亡くなった辰也と圭介。父が家を出て再婚した直後母が交通事故で亡くなった蓮と楓。同じような境遇の子供たちが一人の変質者に翻弄される。辰也と啓介はもう大丈夫だろうが、蓮と楓はこの後どうするのだろうか、父を疑い殺したかも知れないことが後悔として残る。恨みをもって死んだ者は龍になる。圭介が見た龍は母が、蓮が見た龍は父が恨んで死んだのか。道尾秀介らしい物語というべきか。

プリズン・トリック(遠藤武文)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 12年1月17日発行/12年02月08日読了

 第55回江戸川乱歩賞受賞作。交通刑務所での密室殺人。事実を事実として認められず、検察、警察、政治家は自らの保身を現を抜かす。あらぬ方向にも迷走するが、徐々に追い詰めていく。衝撃のラストの異常を来たした者の自己陶酔が些か興醒めか。

ミハスの落日(貫井徳郎)★★☆☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 10年4月1日発行/12年02月12日読了

 ミハスへは銀婚旅行で昨年行ったので手にした。カバーのスペイン、ミハスの風景が懐かしい。しかし、なんとも緊張感がない。小手先のミステリーか。

握りしめた欠片(沢木冬吾)★★☆☆☆

株式会社角川書店 角川文庫 初版 12年1月25日発行/12年02月14日読了

 どうにも盛り上がりのない作品。一言で言えば面白くない。

花酔ひ(村山由佳)★★★☆☆

株式会社文芸春秋 第1刷 12年2月10日発行/12年02月16日読了

 「ダブルファンタジー」以来でしょうか。麻子一人何も知らず、何も知られていないと思う微妙なバランスの中で、行く末は破滅しかないことは皆分かっているのに抗えない。表向けには誠司のうつ病からくる自殺未遂で取り繕われるのだろうが、あとは抜け殻しか残りそうにない。「ついこの間まで咲いていた一重の山吹が、散った後の萼に小さな緑色の実をつけている。菖蒲がつつましく咲くそばには、粟粒のような蕾を覗かせた紫陽花や、ようやく葉を茂らせ始めた酔芙蓉が植わり、その奥の垣根には忍冬が、そしてその間に朝顔のつるがそろりと伸びあがって巻きついている」

プリズム(貫井徳郎)★★★☆☆

株式会社東京創元社 創元社文庫 第24版 10年6月18日発行/12年02月18日読了

 らしい、という作品。構成がおもしろい。なにやら仄めかすが、最後まで犯人は明かされない。でも・・・

左岸(上)(江國香織)★★★☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第1版 12年2月25日発行/12年02月23日読了

 ハードカバーのときは手が出なかったが文庫化され買った。左岸か右岸(辻仁成)かどちらから読めばいいのか。まずは左岸から。
 頑なで気が強い茉莉、兄の自殺、駆け落ち、別の男を連れて帰郷。九との再会。最愛の夫の交通事故死。フランスへの旅立ち。その度にいつも死んだ兄の声が聞こえる「もっと遠くへ行け。人は一ヶ所に留まられない」と。
 「福岡という街は、自転車で走るときにいちばん、他の街との違いがわかる。色が美しくて、風がやわらかいのだ。」

左岸(下)(江國香織)★★★☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第1版 12年2月25日発行/12年02月27日読了

 「茉莉は東京の冬が好きだ。心から信頼できる友人のいる人間にだけ、この街は親切で美しい」。惣一郎の声が聞こえる、「遠くにきたね」と。寂しさとは違う、茉莉は一人になって思う。「歳月、それはなんて奇妙な、容赦のないものだろう。死んでしまった惣一郎を思い、喜代を思い、始を思った。倒れたという九を思い、東京にいるさきとアミを思った」こうした思いは多かれ少なかれ誰もが同じ、じっくりと読むには長編がいい。
 続けて右岸(辻仁成)を読み始めたが、やはり左岸から読みはじめが正解。少し文章がこなれていない気がするが。ところで芥川賞のもう一編「道化師の蝶」が進まない。