小説の木々12年03月
お内儀のあけた雨戸のすき間から流れこむにぶい明るみが、赤茶けた部屋の中にかすかな青みを投げ込んだ。それは檐先の馬目樫の葉の茂みのせいだった。私はうつらうつらしながら、いつもきまってその青いいろのついた夢をみていた。「足摺岬(田宮虎彦)」
右岸(上)(辻仁成)★★★☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 12年2月25日発行/12年03月02日読了
書き方は個人的には左岸の江國香織の方が好きですね。持って廻ったような気になる言い回しに「こととなる」が散見されるもっと断定的に書いたほうが素直に読める。この後右岸下巻に進むが、物語の構成上左岸、右岸物語に、そもそも九(きゅう)の超能力、並外れた男根が必要なのであろうか。こんなものがなくても淡々と書けるような気がするし、これがために本題から外れ、ときとして滑稽でさえある。
右岸(下)(辻仁成)★★☆☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 12年2月25日発行/12年03月03日読了
どうもオカルトチックで、好みではない(しかし一気読み)。大きな川を挟んで右岸と左岸でそれぞれの人生が、ときおり出会い、また離れ呼応しながら流れていく。左岸では何を言ったのかわからない黒い猫の話も右岸で明らかになる。川の流れが止まったわけではなく、まだこの先延々と流れていく予感がする。
あなたへ(森沢明夫)★★★☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 12年2月25日発行/12年03月05日読了
「津軽百年史」の作家なのですね。車での富山から長崎までの数日の旅行で、以前青森で木工を教えた杉野に会い、洋子の同級生にもあう偶然は偶然が過ぎる嫌いはある。しかし、南原の毎月の送金と多恵子から預かった写真、お互い分かっていても口にしない無言の会話、この辺り小説なので良しとしましょう。この夏映画化されるとか、主演が高倉健というのが、「鉄道員」を思い出します。
秋月記(葉室麟)★★★★☆
株式会社角川文庫 角川文庫 再版 12年1月30日発行/12年03月07日読了
藤原周平とは違った趣で面白い、これは映画化も出来そう。好むと好まざるを得ず為政者の苦労を引き継いでいく業を感じる。「辛夷の香が風に運ばれて漂ってきた」「こらえても涙があふれるのを止められなかった。庭には白い芙蓉が咲いていた」、となにげなく花を配する気配は格別。
愚考録(貫井徳郎)★★★☆☆
株式会社東京創元社 創元推理文庫 第5版 10年11月5日発行/12年03月13日読了
誰の愚考の記録であろうか。最後までわからない妹の挿話。しかし、いくら死んだ人のインタビューと言っても結構言いたい放題ですね。
道化師の蝶(円城塔)★★☆☆☆
株式会社講談社 第1刷 12年1月26日発行/12年03月14日読了
評論かエッセイでも読んでる雰囲気。ともかくも芥川賞受賞で文学的評価は高いかもしれないが、まず面白くないし語り手が変わる「私」もよく分からない。もう一度読み直すともう少し分かるというが、読み直したいと思わなかった。
希望の地図(重松清)★★★☆☆
株式会社幻冬舎 第1刷 12年3月11日発行/12年03月15日読了
「被災地」という言葉は過去ではない。自然の前に人はなす術もない。「津波は確かに去った。けれど、土地の負った傷はまだ癒えていない。傷口はいまでもなおズキズキとうずき、血が流れ続けている。」ルポルタージュ形式で一人の不登校生と重ね、今の東北を訪ねて回る。遡上する一匹の鮭の一生は小さいけれど、されど、それも一生。それでも立ち上がる人もいる。息の長い支援が必要です。
足摺岬(田宮虎彦)★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文芸文庫 第6刷 10年6月6日発行/12年03月26日読了
高校時代に読んだ本で今回四国遍路の友として再読。四十数年振りに行った足摺岬は当時の自殺の名所的な景色は既になく明るい観光地であった。自殺を決意し足摺岬に来た「私」に老遍路はいう。「のう、おぬし、生きることは辛いものじゃが、生きておる方がなんぼよいことか」。暗く絶望的で救いのない小説であるが、解説ではそれこそが負のカタルシス(文学作品などの鑑賞において、そこに展開される世界への感情移入が行われることで、日常生活の中で抑圧されていた感情が解放され、快感がもたらされること)という。
「絵本」だったと記憶していた「便所の窓から見た富士山」の情景はなかったがどこで読んだのだろう。確か田宮虎彦の作品だったように思うが。
愛しの座敷わらし(上・下)(荻原浩)★★★☆☆
朝日新聞出版 朝日文庫 第4刷 11年12月10日発行/12年03月28日読了
ポエムですね。バラバラになりかけた家族が座敷わらしの出現で徐々に家族の絆を回復していく。心温まる物語です。