小説の木々12年09月

 庭一面に広がる寒椿の蕾が、大きく膨らみ始めていた。開花まで、あと少しの辛抱ですよ。妙慧尼の面には、久し振りの笑みが浮かんでいた。辛いことばかりだった今年も、残すところ一月余りで、ようやく終わろうとしていたからである。この花が咲く頃には、悲しいことが忘れられますように。・・・庭に広がる寒椿に誓うかのように、妙慧尼は女としての人生に決別した。(「城を嚙ませた男」伊東潤)

つばくろ越え(志水辰夫)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 12年3月1日発行/12年09月3日読了

 鎌倉に住むC葉さんが、志水辰夫の時代物はネ・・・といっていたが、私の印象としては、裏家業の通し飛脚とこれに絡み合う人情劇、なかなか味があって悪くない。人それぞれに持つしがらみ、今までのことはいい、これからどう生きるかが問題だという。

彼の女たち(嶽本野ばら他)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 12年4月13日発行/12年09月4日読了

 五人の作家によるアンソロジー連作、それぞれがJに憧れた。それぞれの個性が出て面白い。女達は本当にJを愛していたのか、それさえ疑問になる。

ツナグ(辻村深月)★★★★☆

株式会社新潮社 新調文庫 第1刷 12年9月1日発行/12年09月6日読了

 「世にも奇妙な物語」風なのは、禍々しくもなく個人的に好きで面白い。死者と生者を引き合わせる使者(ツナグ)。死者も生者も会えるのは一度だけ。死者と会って詫びるのは、生者の傲慢、自己満足なのか。「親友の心得」はきつかった。

沈黙の画布(篠田節子)★★★☆☆

株式会社新潮社 新調文庫 第1刷 12年8月1日発行/12年09月10日読了

 「自分で一千万円出して買えば、その人にとって一千万円の絵になる」美術工芸品の類の価値観は分からない。夫を支え理解した婦人の元ではいい絵は描けない。しかし婦人の元で描いた絵だけが本物で、他所で描いた絵は贋作だとする。婦人にとって絵そのものの価値ではなく自らの人生の価値であり、すべてをそこに閉じ込めた。

風待ちのひと(伊吹有喜)★★★☆☆

株式会社ポプラ社 ポプラ文庫 第4刷 12年4月11日発行/12年09月11日読了

 心が風邪をひいた。道を踏み外したんじゃない、風待ち中。良い風が吹くまで港で休んでいるだけ。癒し系のアラフォー同士の恋愛小説です。

遠くの声に耳を澄ませて(宮下奈都)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 12年3月1日発行/12年09月12日読了

 大事件があるわけではない、それぞれの人がそれぞれの人生をいろいろなところで絡み合いながら生きている。また、それぞれの決断、転機を迎えるときがある。

ヘヴン(川上未映子)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 12年5月15日発行/12年09月15日読了

 苛めの話だが苛めが主題ではない。コジマは仲間だと言った。離婚し落ちぶれた父親を忘れないために、クラスの女生徒から苛められても自分は汚いなりを続ける、それが自分の証。同じように苛められていた僕の斜視にその証をみる。僕が斜視の手術を受けることになると、ついにヘヴンを見ずにコジマは去っていく。

四十九日のレシピ(伊吹有喜)★★★☆☆

株式会社ポプラ社 ポプラ文庫 第1刷 11年11月5日発行/12年09月16日読了

 妻を亡くして不健康な生活を送る熱田、夫の不倫で実家に帰った百合子。そんなところへ井本がレシピをもって現れる。熱田、百合子が迎える乙美の49日へのレシピ、それは二人への処方箋(レシピ)でもあった。飛んだあとは、飛ばしたあとは忘れられるテイクオフボードでもいいじゃないか。

株式会社レバーラ北関東支社(瀧羽麻子)★★★☆☆

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 10年6月10日発行/12年09月17日読了

 東京の生活に疲れ地方都市に転職した弥生が、暖かな周りの人々に見守られながら徐々に再生していく。ほんわか、ほんのりというのでしょうか。NHKドラマの1週間分みたいな作品です。だからなんなのか、なんて思わず素直に読めばよいのでしょう。

城を嚙ませた男(伊東潤)★★★★☆

株式会社光文社 第4刷 12年2月10日発行/12年09月20日読了

 いずれも戦国時代の弱小国で、誰に付くかが命運を分ける。敵味方双方に都度寝返り繰り返しながら国を守るが皮肉な運命をたどる佐野家、、非情な謀略で敵も味方も踏み石にしていく真田安房守昌幸、秘められた策謀で家康暗殺を阻止され、父、兄、叔父とともに死んでいく妙慧尼、皆時代の中に埋もれていく。かたや、片田舎の鯨捕りの心意気を痛快に見せ生き延びる高橋丹波守政信弱小過ぎるが故に、また、江雪は刀は鈍いように見せなくてはならぬという父の教訓に従い生き延びていく。なかなか面白いがじっくりとした長編物で読みたい気もする。

スコーレNo.4(宮下奈都)★★★★☆

株式会社光文社 光文社文庫 第5刷 10年7月25日発行/12年09月22日読了

 青春、家族、姉妹、恋愛、結婚、この年になるとこそばゆいテーマで少々引けるが、特に靴屋の派遣された麻子の成長は仕事への情熱が伝わってきて素直に読めた。

乳と卵(川上未映子)★★★☆☆

株式会社文芸春秋 第1刷 08年2月25日発行/12年09月24日読了

 芥川賞受賞作で受賞直後読み始めたが途中で放り出したもの、「ヘヴン」を読んだ機会に本棚から出してきて読み直すことにした。芥川賞はそもそも新人登竜門でさほど面白いものではない。何故以前放り出したかは、関西弁で一つの文章がやたらと長い。もっともそれがこの作品の肝ではあるが。姪の緑子のノートが女性の身体の中の素直な気持ちが底流として流れる。

つるかめ助産院(小川糸)★★☆☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第4刷 12年8月28日発行/12年09月25日読了

 島の人々の暖かさと出産を通して何事にも自信がなかったまりあが再生していき、。今まで人の気持ちを慮ったことがなかったまりあが人の気持ちを理解し始める。何度か出てくる出産シーンは思わず力が入る。しかし、先生の宝くじ一億円当選は、とっぴ過ぎてまったくストーリ性がなく疑問。また、最後に小野寺君が島に来ることになる長老が夢枕に立つのも安易過ぎて興ざめである。

舟を編む(三浦しをん)★★★☆☆

株式会社光文社 第17刷 12年9月10日発行/12年09月26日読了

 辞書編纂にオタク的な凄まじく感動的な情熱を燃やす人々が、苦節15年を経てやっと大渡海を出版に漕ぎ着ける。しかし、この真剣な仕事に、名前が馬締(マジメ)君、かぐや姫を思わせる名前と現れ方の、オヤジギャクを思わせる洒落っ気は必要なのか。そもそも、男慣れはしていない香具矢がラブレター一つで男の布団に入ってくる非現実的な行動は違和感しか覚えない。

コンビニたそがれ堂(村山早紀)★★★☆☆

株式会社ポプラ社 第17刷 12年3月8日発行/12年09月27日読了

 作者が元々児童文学作家だというだけあって、少し「世にも奇妙な物語」風なメルヘンです。大切なものをなくして、探している人の前にだけ現れるたそがれ堂。続けて第2、3作も読んでみることにした。