小説の木々12年08月

 四方をコンクリートと硝子の建物に囲まれ、陽光も水も乏しい。なのに高く伸びて、多摩丘陵を渡る風に梢の揺れる日もある。朝夕、私の心の慰めだった。幹に比べて枝がとても細く、姿が端正だ。ほぼ円形の葉が仲良く対になり、同じ間隔で並んでいる。春、葉の出る前に小さな紅色の花をつける。芽を吹くころは幼い葉も赤みを帯び、清楚ながら、なまめかしい。(「木々を渡る風」小塩節)

冥土めぐり(鹿島田真希)★★★☆☆

株式会社河出書房 第4刷 12年8月3日発行/12年08月01日読了

 第147回芥川賞受賞作、100枚くらいの小編でインパクトは薄い。過去の栄光と虚栄に囚われ、生活破綻者のような母と弟から離れられずにいた奈津子。これと言ったところがない太一と結婚し、その太一は脳障害に倒れ障害者となる。不幸かと思えば、かって母の栄光の象徴であったホテルに太一と二人して出かけ、むしろそうした中で過去の束縛から逃れ自分の立ち位置を確認する奈津子がいた。

地下の鳩(西加奈子)★★★☆☆

株式会社文芸春秋 第2刷 12年2月15日発行/12年08月03日読了

 西加奈子の中で一番かも。地下鉄の駅に紛れ込んだ地上に上がれない鳩。自分を見失ったような吉田が、みさをが、大坂ミナミの暗い夜に生きる。出口のない閉塞感の中で蠢いているよう。後半の連作「タイムカプセル」は、オカマクラブの様子が秀逸。ミミィの幼いころの虐めのトラウマと辛さが良く出ている。

ゆれる(西川美和)★★★★☆

株式会社文芸春秋 第2刷 12年2月15日発行/12年08月08日読了


「僕は元の、僕の兄を取り戻すために、自分の人生を懸けて本当のことを話そうと思います」と、弟猛(たける)が兄稔の殺人を決定付ける証言、それも嘘の証言をするところは分かりにくい。兄が「智恵ちゃん、結構アレ、しつこいだろう。・・・酒飲み出すと」と聞くと、「飲めるんだねえ」と何気ない風で弟が答えるが、後に父が「智恵ちゃん、ビール一口でコトンだから」と言う、ちょっとゾッとする場面。猛は当初兄を無罪にすることが自分の役割と思ったが、兄の心情に沿うことで「僕の兄」を取り戻そうとしたのだろうか。

木々を渡る風(小塩節)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 02年5月01日発行/12年08月10日読了

 こうした木々を主題にしたエッセイは珍しい。それだけ木々に対する愛着を感じる。個人的趣味とも通じるものがあった。

往復書簡(湊かなえ)★★★☆☆

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 12年8月5日発行/12年08月15日読了

 今年GWに北海道礼文島に行った折、吉永小百合主演の「北のカナリアたち」の宣伝をしていた。この連作の中の「二十年後の宿題」が原作だったんですね。書簡形式とは言え、一つの書簡が長すぎる、そもそもこんなに長い手紙を書かない。いつもこの著者に思うのは、押し付けがましい物言いが気に掛かる。

岸辺の旅(湯本香樹実)★★★☆☆

株式会社文芸春秋 文春文庫 第1刷 12年8月10日発行/12年08月19日読了

三年前に失踪(実は自殺)した夫が帰ってきた。夫が帰ってきた道を遡り一緒に旅に出る。この死者は普通に食べ、働き、セックスする。少しずつ知らなかった夫も分かってくる。「ハマナスの実は赤く、岸に近い海水はエメラルド色に凍っている。天からさしのべられた梯子は、白く透き通っている。そのむこうの灰色の空は、石のように静かに明るい」これが愛する夫との別れのために必要だった時間だったのだろうか。

木々との語らい(小塩節)★★☆☆☆

青娥書房 第2刷 12年3月10日発行/12年08月19日読了

 「木々を渡る風」の続編、といいつつも、後半徐々に宗教、音楽、詩に関するエッセイとなっていき、とりとめがなく散漫。宗教色が強く出てくるに及んでは何の本か分からなくなる。

鍵のない夢を見る(辻村深月)★★★☆☆

株式会社文芸春秋 第2刷 12年7月25日発行/12年08月21日読了

 今月は女流作家のものばかり読んでいますね。本篇第147回直木賞作品。女性の自分でも意識していないような深層心理が危なっかしくてハラハラします。「芹葉大学の夢と殺人」はなかなかいい。「君本家の誘拐」はどうなるかドキドキでした。

絶望ノート(歌野昌午)★★★☆☆

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 12年8月5日発行/12年08月23日読了

 問題がいじめで非常に今日的で興味をもって読む。しかし、作者が歌野昌午であることを忘れてはならない。一体どうやって落ちを付けるつもりか、歌野昌午だからナ。太刀川のとった手法は長岡弘樹の「傍聞き」と同じ。間接的で事が想像以上に進んだ。一種のマインドコントロールである。

微笑む人(貫井徳郎)★★★☆☆

株式会社実業之日本社 初版大1刷 12年8月25日発行/12年08月27日読了

 「本が増えすぎて手狭になり家族を殺した」と自白した仁藤の訳のわからない動機殺人。この訳の分からない殺人もアリかと、過去に迫って行く小説家。ショウコは「世間は分かりやすいストーリを求めている。」と言い残し、姿を消す。最後まで闇の中、芥川龍之介の「藪の中」を読む想いである。

悪の教典・上下(貴志祐介)★★☆☆☆

株式会社文芸春秋社 文春文庫 第1刷 12年8月10日発行/12年08月31日読了

 蓮実と生徒のバトルロワイヤルですね。常軌を逸していてコメントしようがない。反社会性人格障害という点では「微笑む人」(貫井徳郎)とたまたま続いたが、エンターテーメントとは言え途中で気分が悪くなってきました。