小説の木々12年11月

 西岡は階段を下り、研究棟から出た。冬の午後の淡く白い光が、キャンパスに差している。葉を落としたイチョウの枝が、空にひび割れを作っている。(「舟を編む」三浦しおん)

株価暴落(池井戸潤)★★★☆☆

株式会文藝春秋 文春文庫 第15刷 12年6月20日発行/12年11月01日読了

株の信用取引を使った巧妙な仕掛け。しかし三度目の爆発は起こらなかった。この三度目の爆発を未然に防ぐ過程がいまひとつ曖昧、それほど優秀な刑事でもなさそうだったが。池井戸作品としては、これまで読んだものにないミステリー仕立てで楽しませる。

後悔と真実の色(貫井徳郎)★★★★☆

株式会幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 12年10月10日発行/12年11月04日読了

679ページの長編は読み応えがあった。遅々として進まない捜査。誰と分からない匿名の封書が最初のミソ。主人公と思われたエリート警部補西條がスキャンダルで辞職させられ、何もかもなくす。しかし、西條は警察の外部者となりながら、ジワジワと犯人を追い詰めていく。最後に娘が誘拐され、ここまでは殺して欲しくないと、思わず願わずにはいられない。

空より高く(重松清)★★★☆☆

株式会中央公論社 初版 12年9月25日発行/12年11月07日読了

ワンパターンの青春応援歌で、昨今の世相を鑑みれば、単純すぎてなにやらうそ臭く照れくさい。こういうパターンがあってもよいが深みに欠ける。もう少しシリアスなしっとりしたものが読みたい。

空白の五マイル(角幡唯介)★★★☆☆

株式会集英社 集英社文庫 第1刷 12年9月25日発行/12年11月13日読了

久し振りのノンフィクション。「この時から私の目標は、空白の五マイルを突破することから、なんとか生きのびてツアンポー峡谷を脱出することに変わった」圧倒的な苦難に挑み、迫り来る死への恐怖の中で、すさまじいまでの生きのびる意志の強さに感動を覚える。多くの冒険家の言葉を、読者がどう読むか、何を訴えるのかを考えずに、徹頭徹尾独りよがりで自分自身のこととしてもいいのではないか。

珈琲屋の人々(池永陽)★★★☆☆

株式会双葉社 双葉文庫 第1刷 12年10月14日発行/12年11月24日読了

コーヒー屋に通う街の人々のそれぞれの人生。底辺に流れるのは、地上げ屋を殺め前科者になり、服役後元の街に帰り珈琲屋を営む行介と、離縁されて街に戻ってきた冬子の静かで確かな思い。「こんな関係もいいかな」と続いていく毎日。熱々の珈琲の味の物語。

シャイロックの子供達(池井戸潤)★★★★☆

株式会文藝春秋 文春文庫 第12刷 12年9月25日発行/12年11月26日読了

お得意の銀行屋の短編連作。サラリーマンの悲哀、家族への愛がテーマだが、今回は短編がそれぞれに伏線を織り交ぜ、底辺に徐々に明らかになっていくミステリー構成、そして最後のどんでん返し。

追憶のかけら(貫井徳郎)★★★☆☆

株式会文藝春秋 文春文庫 第1刷 08年7月10日発行/12年11月29日読了

善意であっても過去をほじくり返すことがいつもいいとは限らない。何重にも緻密に張り巡らされた嘘と罠に底知れぬ悪意を感じるが、これが予想もつかないほど愚かしい偏愛が発端とは。人を人とも思わない傲慢さにただ呆れ返る。