小説の木々12年12月
遠山にかかる白雲は散りにし花の形見なり。青葉に見ゆる梢には、春の名残ぞ惜しまるる。頃は卯月二十日余りの事なれば、夏草の茂みが末を分け入らせ給うに、始めたる御幸なれば御覧じなれたる方もなし。人跡絶えたる程も、思し召し知られて哀れなり。(「平家物語」灌頂の巻大原御幸)
私がそれらを愛しさえすれば、空も草も花も、私に優しいのだ。・・陸墓に続く階段には、ただ桜の花びらが降りそそいでいた。(「寂花の雫」花房観音)
64(ロクヨン)(横山秀夫)★★★★☆
株式会社文藝春秋 第1刷 12年10月25日発行/12年12月03日読了
原稿用紙1,451枚、迫り来る迫力で一気読みでしたね。ロクヨンとは昭和64年D県警内で発生し未解決の少女誘拐殺害事件の符丁。14年前の事件には明かせない重大な秘密があった。D県警の刑事部長ポストを本庁ポストにする狙いから、D県警内の警務部と刑事部との争いとなり、マスコミとの間に板ばさみとなった広報官三上の立つ位置を揺るがせる。長官視察にあわせて発生した新たな誘拐事件は激動の終結へ進んでいく。
灰色の虹(貫井徳郎)★★★☆☆
株式会社新潮社 第6刷 12年5月20日発行/12年12月04日読了
あれよあれよという間にいとも簡単に殺人罪が成立し誰もそれを疑わない。冤罪の恐ろしさがジワジワと身に沁みてくる。家族は崩壊、結婚も仕事も近所付き合いもなにもなくなった。法治国家で復讐はご法度と理解はしていても、この理不尽さはやりきれない。皮肉にも最も罪が重い目撃証人だけは命を救われた。
寂花の雫(花房観音)★★★☆☆
株式会社実業之日本社 実業之日本社文庫 初版第1刷 12年8月15日発行/12年12月05日読了
たまにはこうした性愛小説もいい。皆あとから行動の理由があるが、人の行動に理由を付け過ぎの感がある。憲仁の父である雅人の失踪にまでもっともな理由は必要か。
るり姉(椰月美智子)★★★☆☆
株式会社双葉社 双葉文庫 第1刷 12年10月14日発行/12年12月06日読了
三人姉妹のさつき、高校一年生の夏、母のその年の春、次女みやこの去年の冬、夫カイの去年の秋、そして三女みのりの四年後。実に構成がすばらしい。てっきり悲劇かと思われたがみごとに欺かれた。それぞれの登場人物の何気ない心の表現がいい。
その時までサヨナラ(山田悠介)★★★☆☆
株式会社文芸社 文芸社文庫 初版第6刷 12年11月10日発行/12年12月07日読了
この作家の本は初めて、もともとはホラー作家らしい。文章はバサバサする感じだが、反面読みやすい。どこかで読んだようなストーリで最後はほんわかと。
月と雷(角田光代)★★★☆☆
株式会社中央公論新社 初版 12年7月10日発行/12年12月10日読了
こういう男と女っていそうだよな。焼酎を飲み家事もできない直子は世話をしてくれる人に着いて行く、でも、あるときそこも飛び出すその繰り返し。もてるのに普通の生活ができない人と、女が離れていく智。結婚を決心できずに、三十年振りに会った智の子供を生み期待もせずに生活する泰子。みんな普通の生活ができない人達、どこから狂ったのか。「始まったらあとはどんなふうににしても切り抜けなければなんないってこと。」未来は見えないが、その日その日を過ごしていく逞しさも垣間見える。しかしこれでいいのかな。
凍える島(近藤史恵)★★★☆☆
株式会社東京創元社 創元推理文庫 第6刷 10年11月19日発行/12年12月12日読了
無人島に8人の男女が夏の慰安旅行。一人殺され、また一人・・・古典的な題材を盛り込んだミステリー。「正三角形のような親しさで接している。そして、それはひどくあやうい均衡だった。重心はすこし、ずれているほうが安定するものだ。完全な正三角形は、次の瞬間、崩壊の予感を漂わせている、不発弾を抱え込んでいつように」
インタビュー・イン・セル(真梨幸子)★★★☆☆
株式会社徳間書店 徳間文庫 初刷 12年11月15日発行/12年12月13日読了
禍々しいというべきか。殺人鬼はフジコ以外にもまだいた。暴力、性、虚言、そして殺人。なにやら尼崎事件に妙に似ているのは非現実的でもないということか。
七つの会議(池井戸潤)★★★☆☆
日本経済新聞出版社 第3刷 12年11月26日発行/12年12月14日読了
予算は必達、ノルマをクリアすればするほどさらに高いノルマが課せられる。何か数年前にいた自らの立場を髣髴させるような、身につまされるようなほろ苦さが漂うサラリーマン哀歌です。
彼女の命日(新津きよみ)★★★☆☆
株式会社角川春樹事務所 ハルキ文庫 第1刷 08年10月18日発行/12年12月15日読了
死者が命日の一日だけ他人の身体に蘇り、死後の身の回りをみていく。と同時に、身体を借りた人の空白の一日に影響を与えていく。毎年繰り返すうちに徐々に、妹夫婦の生活が確実なものになり、身体を借りた人の意思に反する行動を取り始めるにつれ、葉子も徐々に変わっていき、生き残った者たちが一日一日を生きていることを知る。一時間半のTVドラマにすれば面白いかも。
悪党(薬丸岳)★★★★☆
株式会社角川書店 角川文庫 初版 12年9月28日発行/12年12月15日読了
薬丸岳の、これも難しい問題。社会正義を振りかざしても納得できるものではない。小説では、少年で強姦殺人犯だった3人は、一人は殺され、一人は殺人者となり、主犯は癌で死ぬが、それだけで終りではない。「悪党は自分が奪った分だけ大切な何かを失ってしまうこともちゃんと分かっている。それでも悪いことをしてしまうのが悪党なんだよ」こうして、いつの世にも悪党はいなくならない。
株式会社幻冬舎 第1刷 12年11月20日発行/12年12月17日読了
暗さは重松清の「疾走」以来か。誠、正二、香は一体どうやって生きていくのだろうか、絶望的に暗い。香には死者が見える。正二が何故ここまで献身的に母に尽くすのか。これらは最後に分かる。母は植物人間になったが、意識はあった。自分の子だと認識できなかった。だがこの子供達を自分の子供として生きていきたいと願った。並行して流れる現実をトレースした夢想。最後まで誠は逃げなかった。
白き嶺の男(谷甲州)★★★☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第2刷 12年10月17日発行/12年12月20日読了
山岳小説はいつ読んでも面白い。作者、解説者とも新田次郎の「孤高の人」が共通で、すなわち加藤文太郎が共通の岳人となっているのも興味深い。実際に冬山を体験した人でしか書けない真実味が感じられる。そのうち加藤文太郎を読んでみようかと思う。
株式会社角川書店 初版 12年9月30日発行/12年12月22日読了
のどかな金曜日の午後、深大寺駅前で突然の通り魔殺人が発生し、印刷屋の主人、学生、老主婦、主婦、土木業の若者、まったく関係のない5人が殺傷された。犯人は近くで薬物中毒で死んでいた。ここから行き詰るような展開に読むのが止まらない。そう、殺傷された5人は相互にまったく関係のない人達・・・と思われた。
第一級殺人弁護(中嶋博行)★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第10刷 09年1月15日発行/12年12月26日読了
弁護士京森にボケ味を出し息抜きにしているが、結構優秀な弁護士。否、謎解きは警察以上か。短編ゆえの軽さが目立ちすぎる。もっとじっくり深く書けばそこそこ重いミステリー長編になりそうだが。最初の「不法在留」はやり過ぎ、警察が防弾チョッキを着せて囮捜査はやれないだろう。
ワイルド・ソウル(上)(下)(垣根涼介)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第3刷 12年7月30日発行/12年12月28日読了(上)
株式会社新潮社 新潮文庫 第4刷 12年6月 5日発行/12年12月30日読了(下)
アマゾンでの生活は悲惨を極めた。日本が食えない時代、海外移民に活路を求めたこと自体悪い政策ではないだろうが、いつの時代も実行する役人に心がなく自己保身のみで自ずと私利私欲が絡む。復讐のあとの空しさは感じるが、ケジメ、これでやっと自由になれるという気持ちにも分かる気がする。実際はもっと過酷だろが、社会派ドラマではなく、エンターテーメントにしているので暗い気持ちでなく、爽快感さえ感じる。