小説の木々13年02月

 募らせた恋情がぱちんと弾けて、二人は結ばれたわけではない。溶け出しアイスクリームを舐めあうような交わりに、邦彦は自分と明美の繋がりを見ていた。目が覚めると明美の姿はなかった。キッチンでフライパンを使う音が聞こえてきた。邦彦はベッドから出て、カーテンを開けた。篠突く雨である。隣の家のヤマボウシの白い花が激しく揺れていた。(「敗者復活」藤田宜永)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

55歳からのハローライフ(村上龍)★★★★☆

株式会社幻冬舎 第1刷 12年10月10日発行/13年02月02日読了

「限りなく透明に近いブルー」は以前読んだが、村上龍はこんな本も書くのかとちょっと新鮮な驚き。同年代の小説ゆえに共感、厳しい現実に身につまされることもあり、ほろ苦さも感じる。全編にわたり、飲み物が単に水分補給ではなく疲れた心を癒す役目をしており、そこから再生の道を歩き始めようとする希望を垣間見させる。

十七歳(岩井志麻子)★☆☆☆☆

株式会社徳間書店 徳間文庫 初刷 12年11月25日発行/13年02月04日読了

岩井志麻子は以前読んだ「チャイ・コイ」の著者。エッセイストあや美は単に暴露記事の雑文家。文書はめちゃくちゃ、歌舞伎町の魑魅魍魎さはあるが、そもそも友人の高校生の失踪もこんな決着?人間関係、意外性も支離滅裂で物語性もなく失望。

美女(連城三紀彦)★★★☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第6刷 12年12月11日発行/13年02月06日読了

男と女であるが、単に嫉妬の世界に留まらず、かなり凝った設定。「喜劇女優」などはあれよあれよという間に人が次々と消えていく、そして誰もいなくなった。多かれ少なかれ人は人生を演じている、とすると本物はどれだろうか。

名前探しの放課後(上)(下)(辻村深月)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第9刷  12年7月31日発行/13年02月08日読了
株式会社講談社 講談社文庫 第10刷 12年7月31日発行/13年02月09日読了

始めから99%は学園物でまさかこのまま終わるのではないよな、これじゃここまで読んできたのが・・・と心配していたら、突如どんでん返しが最後に待っていました。「メジャースプーン」との関係も見え隠れ。でも相当待ちくたびれました。

敗者復活(藤田宜永)★★★☆☆

株式会社徳間書店 徳間文庫 初刷 12年11月15日発行/13年02月14日読了

分厚い割には波乱万丈ではない。男は仕事だと認め、遮二無二働き、挙句は実業界から転落し実業界の敗者となり、今ではおんぼろのバッティングセンターをやっている。よく債権者に取られなかったものだ。ご近所の人と交流し、息子が絡む地上げ屋と戦い、再び実業界に出るでもなく、むしろその生活に安住の地を求める。敗者も復活もその人の中にあるということか。

新編単独行(加藤文太郎)★★★☆☆
株式会社山と渓谷社 ヤマケイ文庫 初版第5刷 12年9月15日発行/13年02月17日読

新田次郎「孤高の人」のモデルとなった加藤文太郎の山物語である。文章は左程うまくないが、素直な気持ちが伝わってくる。年譜を見ると三菱内燃製作所に入社し、1925年くらいから夏山を始めているが、1928年頃から冬山が中心になってくる。とにかく長距離、長時間の縦走、夜間でさえものともせず歩き通していることに圧倒される。吹雪に閉じ込められた北鎌尾根で30歳の生涯を閉じたが、ヒマラヤに行って欲しかったのと、近代的な装備を使わせたかった。

藁の盾(木内一裕)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第9刷 13年1月9日発行/13年02月18日読了

少女二人を暴行し惨殺した犯人に10億円の懸賞金が掛けられた。福岡から東京に移送を命じられた5人の警察官の最大の敵は警察官だった。警察官としての任務と、人としての正義に揺れながら移送計画が動き出す。ストーリは至って単純だが、誰もが殺人者になる可能性を秘めていた。ゴテゴテのアクションもの、映画化されるがどうなるか。

旅猫リポート(有川浩)★★★★☆

株式会社文藝春秋 第2刷 12年11月20日発行/13年02月20日読了

個人的には動物好きではないが、猫からの視点で淡々と、一つ一つの話が読ませる。お勧めである。

百万回の永訣(柳原和子)★★★★☆

中央公論新社 中公文庫 初版 09年3月25日発行/13年02月26日読了

「柳原和子は特別だ。あの人は医者に知り合いがいて最高の医療を受けられる」と周りが噂し、本人も認めている。解説の田口は「違う、支えあえるのは患者同士、大切なのは人間の絆だ」というが、柳原自身が「優れた治療の能力をもっている医師に出会うためには、わたしたちは(?)全国を歩き回るしか方法がない」という。しかし誰でもができることではない。「私はやった」では、できない人はどうすればいいのか。よりよい治療に出会う可能性があることは分かる。ではできる人は金に飽かしてもやればよく、できない人は慰め合えばいいということか。それとも医療、治療は徐々にでも進歩するので可能性に期待しろというのか。この辺りが終に曖昧のままだった。

さよならの代わりに(貫井徳郎)★★☆☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 07年8月10日発行/13年02月28日読了

タイムスリップは正月に「仁」の再放送で全編を見た。また、先日辻村深月「名前探しの放課後」でも読んだ。タイムスリップの仕方に工夫はあるが、話の展開が単調で全体に面白さに欠ける。