小説の木々13年03月

 募らせた恋情がぱちんと弾けて、二人は結ばれたわけではない。溶け出しアイスクリームを舐めあうような交わりに、邦彦は自分と明美の繋がりを見ていた。目が覚めると明美の姿はなかった。キッチンでフライパンを使う音が聞こえてきた。邦彦はベッドから出て、カーテンを開けた。篠突く雨である。隣の家のヤマボウシの白い花が激しく揺れていた。(「敗者復活」藤田宜永)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

がん患者学Ⅰ(柳原和子)★★★☆☆

中央公論新社 中公文庫 第5版 08年6月30日発行/13年03月03日読了

「百万回の永訣」を読んで釈然とせず、「がん患者学」を読むことにした。父が亡くなった三十年前とはそれなりに癌治療も進んできているが、未だに癌の詳細なメカニズムが解明された訳でもなく、確たる標準治療はない。癌という世間一般の人が持つ画一的なイメージではなく、きわめて個別性のある病であることを知る。したがって治療は個々人それぞれである。長期生存者のインタビューは、希望ではあるが、何が作用したのかは分からず、治療はどうすれば良いのか難しい。

がん患者学Ⅱ(柳原和子)★★★★☆

中央公論新社 中公文庫 第3版 10年7月30日発行/13年03月07日読了

・・・・・全部読んでから。

がん患者学Ⅲ(柳原和子)★★★★☆

中央公論新社 中公文庫 再販 10年7月30日発行/13年03月09日読了

「百万回の永訣」を最初に読むのではなく、「がん患者学」から読むべきでしたね。現代医学では、やはりがんは手強い。というかまだ相手がよく分かっておらず、治療方法も確立していない。抗がん剤も試しながらの治療だった。今まで癌を知らなさ過ぎた。ただし、この本はそうした現代科学医療を嘆くでもなく、また代替医療を薦めているのでもない。あまりに個別性が高く、要するに分からない。かといって、徒に精神論に走っても胸に落ちるものでもなく、最後の医師レチェルとのインタビューは崇高な話かもしれないが個人の胸に落ちるには落差がありすぎる。

もうひとつの遺言(工藤玲子)★★★☆☆
中央公論新社 初版 12年9月28日発行/13年03月11日読了

約十年間の癌との闘いであった。同時に柳原和子の癌医療への批判でもある。「ドクターショッピング」とか「ドクターハンティング」と陰で言われたが、こうしたことができた柳原和子だからこそ、先駆的にやってみることが必要だったのではないか。がん治療が田舎の病院でも同じようにできる標準治療となることを願って止まない。

狼は帰らず(佐瀬稔)★★★☆☆

中央公論新社 中公文庫 第5刷 12年6月10日発行/13年03月12日読了

思わず、「もう山へ行くな」と叫びたい。しかし、自己の価値判断は他人には諮れない。最後のグランド・ジョラスは他人との戦いではなく自分との戦いだった。

遍路みち(津村節子)★★☆☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 13年1月16日発行/13年03月13日読了

夫であり作家の吉村昭氏を最期に、自ら作家であることから何もできなかったという悔恨が残る。ただ著名な医師への特別の親交から紹介を続ける、相続税が云々と聞きたくもなく、作家で成功する前は大変だったようだが、どこか超越した驕りが鼻につく。

十角館の殺人(綾辻行人)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 新装改訂版第15刷 12年12月21日発行/13年03月17日読了

アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」を思わせる、世間から隔離された無人島で次々に起こる殺人。本土側の同時進行する過去の事件の捜査。動機の点で、ここまで皆殺しにする必要があったのか。さすがに一人二役は驚かされた。

また次の春へ(重松清)★★★☆☆

株式会社扶桑社 初版第1刷 13年3月20日発行/13年03月19日読了

東日本大震災を巡る短編集。忘れてはならないこと。「立ち並ぶ羅漢さまの中には、自分の身内や知り合いにそっくりの顔が必ずあるといわれている」その日ちょうど徳島県雲辺寺の五百羅漢をみてきたところだった。

望郷(湊かなえ)★★★★☆

株式会社文芸春秋 第1刷 13年1月30日発行/13年03月26日読了

多少こねくり回しの巻はあるが、今までの作風と少し違う。島をつなぐ橋ができたことで、島の外と内。ザラリとする閉鎖社会のしがらみと絆。憎しみと愛着がある。