小説の木々13年12月

 梛(なぎ)とともに貴重な自然がもうひとつある。切目川河口右岸地域に広がる、全国でも珍しい自生の黄槿(はまぼう)の群生林だ。黄槿は塩生湿地にはえるアオイ科の落葉低木だが、切目の黄槿は樹高が大きいもので七メートルに達し、枝長も四、五メートルある。六月中頃から八月にかけて可憐な黄色い花をつける。朝開いて、夕方に咲き終わる一日花だが、株全体で次々と咲いて、夏じゅう花の絶えることはない。(「冬の旅」辻原登)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

幻夏(太田愛)★★★★☆
株式会社角川書店 初版 13年10月30日発行/13年12月01日読了

二十三年前に失踪した尚を探せという香苗は、うすうす全容を知っていた。冤罪で刑事、検事、裁判官への復讐とくれば、貫井徳朗の「灰色の虹」を思わせるが、展開は更に複雑だった。相馬と尚の再会、岡村の事件主任就任等無理な偶然が過ぎ、少し捏ね繰り回しではとの感じが否めない。しかし太田愛は「犯罪者(クリミナル)」に続き面白い。

冬の旅(辻原登)★★★☆☆
株式会社集英社 第3刷 13年5月27日発行/13年12月03日読了

ここまで絶望的に書かれると、ラストはため息が出る。どこから踏み外したのか、どこで躓いたのか、それは緒方の責任だったのか。まず白石と遭ったこと、これがケチのつき始めで失職。宗教団体に再就職し、ゆかりと結婚したが、ゆかりが失踪、横領、また失職。おでんやに再々就職し、店を任されそうになると今度は火事でまた失職。ついにホームレスで強盗致死の共犯。5年の刑期を終え、手元の17万円の金も数日で尽きる。まさに坂道を転がり落ちていく。ラストは逆説的に生きる意欲が湧き上がる姿がたまらなくやり切れない。

刑事の骨(永瀬隼介)★★★★☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第2刷 13年10月30日発行/13年12月05日読了

保身と組織防衛にまみれた腐敗したカイシャで埋もれていく底辺の刑事、警官。不破は最後に引き金を引くか。それが組織への最後の反抗だが、これしかなかったか、やりきれなさは残る。あの夜訪ねてきた田村の話を聞いていれば、別の展開になったのにと、つくづく悔やまれるが、むしろそこから真実が掘り起こされていく。この作家は初めてだが、もう少し読んでみたいと思った。

金融探偵(池井戸潤)★★☆☆☆
株式会社徳間書房 徳間文庫 第15刷 13年8月25日発行/13年12月07日読了

金融探偵というから経済犯罪に過去の経験から地道に執念深く探索するかと思いきや、息抜きのような短編で軽すぎ。むしろ「眼」は他の短編と異なりファンタスティック。こんな作品も書くのかと意外に思った。

寒灯・腐泥の果実(西村賢太)★★★★☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 13年12月1日発行/13年12月08日読了

私小説であるかどうかはたいしたことではない。どうしようもない貫太にもやっと同棲する女性が現れる。元々我儘で気取り屋で自尊心が高く他人を罵倒し続け、これでは同棲生活が一年も持たないのは明白。去った女を八年も思い続け復縁を迫る姿は貫太の性格からして真逆の行動だが、それでも本質は変わらない。怖くなってくるのはそんな一部でも持つ自分に気付くからだろうか。

少年たちの終わらない夜(鷺沢萠)★★★☆☆
株式会社河出書房新社 河出文庫 第23刷 05年9月30日発行/13年12月09日読了

青春物というが、毎晩遊びほうけて気ままな随分裕福な生活環境で、これが19歳の代表と思われても疑問だし、むしろこれは普通の19歳ではない。四編の短編であるなら、それぞれ毛色の違った19歳を描いてほしかった。将来こんな自分は本来の自分ではない、自分の人生はこんなものではなかった、と思うことを予感させるが、そんなものではないのか。

父、断章(辻原登)★★★☆☆
株式会社新潮社 初版 12年6月30日発行/13年12月15日読了

「断章」とは、 詩や文章の断片、あるいは詩や文章から抜き出した一部分をいう。誰にでもあり、フッと思い出す人生の断片。混雑するプラットフォームで私を待ち探す恋人をみて、会わずに引き返す私の姿は理不尽で切ない。

家族写真(辻原登)★★★☆☆
株式会河出書房新社 初版 11年3月20日発行/13年12月20日読了

短編「家族写真」が家族の関係、子どもの自立をしっとりと表していてしんみりといい。

虹の岬の喫茶店(森沢明夫)★★★☆☆
株式会幻冬舎 第2版 13年11月30日発行/13年12月27日読了

吉永小百合主演で映画化されるという。まさに現代の女優として初老の上品な役には打って付けだろう。タニさんとの気持ちとの交歓は控えめな大人の対応である。でもコーヒーを飲みに行くには辺鄙すぎて遠すぎる。