小説の木々14年12月

ロータリーの内側に木が植わっている。ハナミズキのようだ。今は花をつけていないその枝に、小さな白い花が揺れるのが見えた気がした。梅。あの五十回忌の駐車場に咲いていた、梅だ。とっさに振り返って、背中を探した。あの日の叔父の背中、いや、ほんとうに探していたのは、それ以前の、快活だった背中かもしれない。(「誰かが足りない」宮下奈都)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

誰かが足りない(宮下奈都)★★★★☆

株式会社双葉社 双葉文庫 第1刷 14年10月19日発行/14年12月6日読了

心に傷を負い、立ち止まり、失敗し、愚痴を言い、そんな人達がやり直そうと考え始める。そんなとき、レストラン「ハライ」を予約する。辛いけど、切ないけど、仕方ないけど、再生を予感させる。

死命(薬丸岳)★★★☆☆

株式会社文藝春秋 文春文庫 第1刷 14年11月10日発行/14年12月8日読了

組織捜査に背を向け、余命幾ばくもない刑事が真犯人を追いかけていく場面はハラハラものであるが、これは怨嗟犯罪ではなく快楽殺人であり、犯人の殺人願望と子供の頃の虐待、恥辱との因果関係が今一つすっきりしない。

果てる(桜木紫乃他)★★★☆☆

株式会社実業之日本社 実業之日本社文庫 初版第1刷 14年10月15日発行/14年12月11日読了
全員女性作家のアンソロジー。まるで女性性は皆溺れたいと願っているような錯覚を誘う話ばかりである。「髪に触れる指(田中兆子)」あたりでいいんじゃないかと思う。何とはなしに行きつく先は暗い気がする。

ブルース(桜木紫乃)★★★☆☆

株式会社文藝春秋 第1刷 14年12月5日発行/14年12月14日読了

釧路の海霧を漂わせる作家で、これもまた釧路の話である。貧民窟で育った多指症の博人は指を落とすことで自ら解放された。その名残りが、ニヒルな性格の陰を引きずり、裏世界でのし上がって行く。まち子がその相方となったのは奇妙なめぐりあわせだが、まち子の子莉菜の配置がいい。博人の訃報は、クラウドのせいではなかったのか。

ささらさや(加納朋子)★★☆☆☆

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 第11刷 14年10月30日発行/14年12月17日読了

交通事故で無くなった夫が他人に乗り移りサヤの危機を救うというファンタジーだが、サヤのあまりの社会性の無さにイライラするし、誘拐事件も単にドタバタで世間ズレしていて読むに堪えなかった。

売国(真山仁)★★★☆☆

株式会社文藝春秋社 第1刷 14年10月30日発行/14年12月22日読了

宇宙工学と米国の謀略。なかなか面白い着眼点で、2/3までは最後の締めくくりに期待しながら読んだが、最後はアレヨアレヨという間にドタバタと進めて、実に尻すぼみになった。ページの制約でもあったのか、もっとじっくり突き詰めて欲しかった。

(吉村昭)★★★☆☆

株式会社文藝春秋 文春文庫 第16刷 14年5月10日発行/14年12月25日読了

史実に基づく歴史小説はそれなりに重い。長崎での26聖人殉教は傷ましいが、キリスト教布教が侵略の先陣を担っていることも、また、それゆえ時の政権が禁止するのも事実。「洋船建造」での日露の友好関係は、名前が近いプチャーチンと現代のプーチンに期待が見えて興味深い。そもそも生活を営む領地と戦争で取得した領地にどんな必然があるのか考えさせられる。

首獲り(伊藤潤)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第2刷 14年5月8日発行/14年12月28日読了

戦場で平然と首を獲ることが戦の功名であることはどこかの首狩り族と変わりはない。しかしそれが功名の証となれば、名誉欲、功名欲と絡み合う。そんな世界の悲喜劇であろうか。