小説の木々15年02月

路の両脇では、七竈の梢が風に揺れていた。抄一郎が子供の頃、炭の良材であるという理由で、城下の路という路に植えられた。紅葉はまだだが、実は赤く色づいている。「稲穂を枯らす天候の異変も、この実だけは関わりないようだな」踵を返しかけた助松が、変わらずに結び続ける赤い実に目をやりながら、ぽつりと言った。「そうだな」やがて紅葉になって、葉がすっかり落ちても実は枝にとどまりつづけ、冬鳥の嘴を待つ。そうして新たな土地で、若い芽を伸ばす。「では今度こそ参る」七竈から顔を戻して、助松は言った。(「鬼はもとより」青山文平)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

神のふたつの貌(貫井徳郎)★★★☆☆

株式会社文藝春秋 文春文庫 第6刷 11年2月5日発行/15年02月03日読了

久永も祥子も、ただひたすら神を信じ、神の救いを求めるのではなく、神に捧げることだという。あまりに酷似した人生を過ごす父子に、神の福音は得られず、それでも求め続けて、悩める人に救いを与えることは殺すことに至る。それは悩み続けた自らにも当て嵌まるのか。

放蕩記(村山由佳)★★★★☆

株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 14年11月25日発行/15年02月04日読了

読書レビューは賛否両論かもしれない。これが自伝か否かは考慮せず、同性の母娘の距離感にはどうにも踏み込めない。解決しようもない愛憎、束縛、反発は女性ならではないか。それでも離れないのは、これも女性の悲哀への理解だろうか。兄の弘也もそうした蟠りを分かってはいても傍観者にしかなれなかった。

絶唱(湊かなえ)★★☆☆☆

株式会社新潮社 第1刷 15年1月17日発行/15年02月05日読了

作中の個々人には感動かもしれないが、震災の経験にしては希薄過ぎる。「絶唱」の今も書き続けていることに感謝をしているのは、物語の流れとしていささか逸脱。

我が心の底の光(貫井徳郎)★★☆☆☆

株式会社双葉社 第1刷 15年12月25日発行/15年02月07日読了

二十一歳からの復讐劇は子猫だった、という落ち。その状況を間接的に作った3人の人間を貶めることだが、徹底的という訳でもない。果たしてこれが復讐劇なのか、少々肩透かしを食らう。ただ、怜菜を犠牲にしても慎司を救う理屈はいかにも即物的で、この非情さに比べ復讐は中途半端である。

ドリーマーズ(柴田友香)★★☆☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第2刷 14年8月6日発行/15年02月14日読了

何気ない何もない日常を描いている、普通の日常が一番変、という視点は、今の世界が、実は本当に現実なのかという疑問につながるのか。われ思うゆえにわれあり、ではないが、「意識が存在」であるとすれば、どちらが現実か夢か疑問に思うこともない。しかし、何度途中で止めようかと思うほど、読みにくい本である。

霖雨(葉室麟)★★★☆☆

株式会社PHP研究所 PHP文芸文庫 第1版第2刷 14年12月10日発行/15年02月16日読了

霖雨とは何日も降り続ける雨。これが日田の気候と生きることの苦労、難儀をかけている。私塾を開いた広瀬淡窓とその弟の久兵衛は実在の人物である。葉室麟の時代物は話が綺麗すぎて少々白け気味。「止まない雨はない、ことごとくよろし」等の箴言もなにか言わずもがな。このためか奥行や幅がない。

鬼はもとより(青山文平)★★★☆☆

株式会社徳間書店 第3刷 14年12月25日発行/15年02月20日読了

折しもギリシャ財政の危機眞只中。「限界集落株式会社」も同じ財政再建、これと時代劇を合わせた、江戸時代の経営コンサルタント物語。時代背景が勢い、命を賭した仕事となっている。また、二つの異なる夫婦の生き様も味付けにしている。良くも悪くも鬼と化し、財政を立て直す筆頭家老に凄まじさを感じる。

影の車(松本清張)★★★☆☆

株式会社中央公論新社 中公文庫 第5刷 09年5月30日発行/15年02月23日読了

いつもながら古さを感じさせない。「潜在光景」、すべての子供が天使ではない。子供の悪意はあると思う。「薄化粧をする男」「確証」、疑心暗鬼が自らを追い詰める感触にザワザワする。