小説の木々15年03月

大分明るくなった視界に、ナナカマドが群生していた。その中の一本に目をつけた。おそろしく粘りがあり、折れにくい特性を思い出していた。ことに奥山のものは木目が詰まっている。山崎に聞いたのだ。低い標高のものより奥山のものが頑丈なのだ、と。積雪に耐え忍ぶ環境が強い幹をつくるのかもしれない。その昔、刀鍛冶は一日がかりで山にわけいりナナカマドを採集したという。槌の柄に、これほど最適なものはないと労を惜しまなかった。そう聞いた。孝也は腰から鉈をとり、手首より幾分太いナナカマドを伐採した。先を鉛筆のように尖らせ、背丈より幾分低めに仕立て上げた。雪渓を下りるとき、役立つとひらめいたのだ。勢いよく振り下ろした。木刀の素振りのようにすると小気味良く風を切った。(「光る牙」吉村龍一)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

九年前の祈り(小野正嗣)★★★☆☆

株式会社講談社 第3刷 15年1月23日発行/15年03月06日読了

第152回芥川賞受賞作。九年前、一緒にカナダ旅行で一緒になったっみっちゃん姉が教会で永い時間祈っていた。さなえは同じ障害のある子供を連れて故郷に帰って来た。みっちゃん姉の子供の重篤な病気を知りお見舞いに行こうとするが、島の貝殻を拾いに行き、子供が危うく海に落ちそうになり、九年前のみっちゃん姉の祈りと重なる。続く3つの短編は、その補足追加話となりほぼ同時期に別々の書で発表されているが、これは別出しではなく、「九年前の祈り」の中に挿入して欲しかった。

贖罪の奏鳴曲(中山七里)★★★✩✩

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 13年11月15日発行/15年03月09日読了

結末が2転、3転して面白いが、謎解きを最後に集めすぎてあれよあれよという間に前言が覆る忙しさ。事前に種まきが欲しい。母親の巧妙な仕掛けはまだしも、息子の犯人断定は突然過ぎる。いかに優秀かもしれないが渡瀬も捜査経過からは分かり過ぎる。ここまでひっくり返す必要もない。

七十歳死亡法案、可決(垣谷美雨)★★★✩✩

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 15年2月10日発行/15年03月10日読了

現実として昔姥捨て山があったとはいえ、荒唐無稽、非現実的な想定で、まさに現代版姥捨て山。それはさておいて、高齢化社会の一面が垣間見え、法案に賛成者がいるというのも興味深い。実際に近い将来介護生活が予想される我が身を顧みれば、身につまされることもある。一体長寿とは、高齢化社会とは、ではどうするかと他人事ではなく考えさせられる。

サラバ(上)(西加奈子)★★★☆☆

株式会社小学館 第3刷 15年1月28日発行/15年03月14日読了

上巻は、マイノリティ願望で性格破綻の姉、自己中心的な母と、離婚した父との間で、歩の幼少時代から大学時代まで。歩はイケメンだが幼い頃から自己を積極的に出すことを抑え、目立たぬことを生活態度として生きてきた。友人、恋人との出会いと別れや、家族から離れ一人謳歌した学生時代。とにかくは下巻へのイントロだろうがどう展開していくのか、先を読み進める。

サラバ(下)(西加奈子)★★★★☆

株式会社小学館 第3刷 15年1月28日発行/15年03月16日読了

長編(733ページ)は、前半でまき散らし後半に山が来るのが定番。後半は今日一日で一気読みしてしまった。ほとんど姉・貴子が影の主人公、小説のベースロードになっている。正直、人生訓のような説教はこの人には言われたくない。そもそも父・憲太郎の収入、退職金で奈緒子、貴子、歩は生活の余裕があり、家族それぞれが自分勝手に生活し、そして崩壊して、こんな境遇で何を言うかである。しかし、それぞれが何かを探し求めて、崩壊した家庭、個人個人の生活が再生していくのを見るのは救われる。ヤコブとの再会は奇跡的偶然だが、これがないと題名が生きてこないから止む無し。

死刑台の微笑(浅野涼)★★★★✩

株式会社文芸社 文芸社文庫 初版第1刷 14年10月15日発行/15年03月17日読了

折しも川崎での中学生殺人が世の中を騒がせている。ネットでは公然と実名、写真が公開されている。少年法を思えば如何なものかとは思うが、あまりに被害者遺族の立場に立っていない少年法にも疑問を抱かざるを得ない。少年法の趣旨を離れ単に年齢による保護に偏っていないか。加害者、被害者遺族、弁護士、加害者の支援者。法的な罪と罰、道義的な罪と罰。どこかで狂ってしまったように感じる。遺族の復讐を攻めるのは容易いが解が見つからない。まずは少年法を選挙権とともに18歳までにすることからか。果たしてこれら加害者に改悛の情はあるのか。

光る牙(吉村龍一)★★★✩✩

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 15年3月13日発行/15年03月18日読了

北林一光「サイレント・ブラッド」、吉村昭「羆嵐」とこの「光る牙」。本編では白い巨大な羆を神聖化する向きと、一部偶然的な英雄思考が見られ少し興味を削がれる。いずれも羆による食害を扱っているが、毎回、この題材特有の恐怖感を禁じ得ない。

限界集落株式会社(黒野伸一)★★★✩✩

株式会社小学館 小学館文庫 第10刷 15年2月15日発行/15年03月21日読了

先日までNHK土曜ドラマでやっていて、何度か見た。原作を読むと随分ストーリが違っているが、それはそれでいいだろう。もちろんそれだけではなく少子高齢化、生活スタイル、労働と収入等いろいろ問題はあるわけだが、政治が補助金漬けで日本の農業を駄目にしたのも事実。では皆これを真似すれば良くなるかというとそうでもない。一つの成功の裏には幾多の失敗もある。ここは農業問題というより問題の一端を理解しつつ、一つの小説で楽しめばよい。実際はこうはいかなくても、ユーモラスで浪花節的な味が楽しめた。

それを愛とは呼ばず(桜木紫乃)★★★☆☆

株式会社幻冬舎 第1刷  15年3月10日発行/15年03月21日読了

「沙希の実家は駅前通りを過ぎて幣舞橋を渡り、急な坂道を上りきった高台の一画にある」この辺りは昨年はじめて釧路に行った折歩いたので風景が蘇る。沙希の作り出す蜘蛛の糸に皆絡められということか。しかし検察官を前にしてさえ沙希にはこれっぽちも罪悪感はなく、「小さな幸福を閉じ込めて永遠にする」こと、むしろ沙希にとっては相手を想いやる行動だった。佐野も山本も最後に「ありがとう」といったが、伊澤にとってはいつか起こる不穏さの延長線だったろう。他人はこれを独りよがり、傲慢というだろう。川端康成の「火に行く彼女」は読み返した。

待ち伏せ街道(志水辰夫)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷  14年4月1日発行/15年03月26日読了

蓬莱屋帳外控シリーズ3作目だが、なんだか気楽に読める時代小説の読み物という感じ。読者サービスでいろいろな味は潜ませているが、そういうものだろうと割り切って読めば面白いのかもしれない。ちょっと飽きが来た。

ダブルミッション(上)(門田泰明)★★★✩✩

株式会社祥伝社 祥伝社文庫 第2刷 15年2月10日発行/15年03月28日読了

かなり面白い題材ではあるが、最初から違和感を感じる。目の前の交通事故から疑惑を感じる取るのいささか無理筋。もっと丁寧に疑惑を浮かび上がらせてもいいのではないか。また、査察官に付きまとう黒服の男たちが脅かしだけで姿を現すのも解せない。どうせ調査を止めるはずもない。

ダブルミッション(下)(門田泰明)★★☆☆☆

株式会社祥伝社 祥伝社文庫 第2刷 15年2月10日発行/15年04月29日読了

国際組織犯罪の恐怖は十分出ているが、石橋の交通事故に見せかけた殺害は秘密保持のためと分かるにしても、組織の意図が単に凶暴というだけであまりに頭脳的でない。牛澤、奈島の急所を外す傷害(発見が遅れれば殺人だが)も見せしめなら急所をわざと外す意図が不明。辻猪、南部およびタクシー運転手の殺害方法は殺害方法として不確か過ぎるし、内松、唐北、尾國まで殺してはもはや行き当たりばったりの連続殺人でしかない。多仁を救う謎の美貌の女性の出現の仕方も偶然過ぎるし、この女性が完璧すぎ。多仁の家族を襲うのも見せしめか。なにしろ無計画な殺戮ばかり目立つ。最後の差し押さえが霞んでしまう。