小説の木々15年05月

柊の垣根がどこまでも続いていた。車の往来が激しい幹線道路から、ひっそりとした市道へ曲がる角に「国立ハンセン病資料館」と「天生園」という表示があった。そこから先、市道の東側半分は住宅地となる。その町と一線を引くかのように、延々と柊の緑があった。「これ、患者が脱走しないようにって、いっぱい張り巡らせたんだって」垣根の横を歩きながら、千太郎は密集した柊の葉に片手の指先を這わせてみた。資料館の前には、お遍路の母子像があった。母が病んだのか、あるいは子供が病んだのか。この病気を患ったことで故郷を追われ、見知らぬ里をさまよい歩いた親子が昔はいたのだろう。(「あん」ドリアン助川)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

花埋み(渡辺淳一)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第57刷 14年6月15日発行/15年05月04日読了

日本最初の正式な女医、荻野ぎんの伝記。明治の男尊女卑の風潮の中で如何に苦労して女医になっていったか、作家が元医師でなくてはなかなか書けない。文書は総じて平易である。13歳年下の志方について地位も名誉も捨て北海道へ渡る。事業に失敗して再び医師に戻ろうとするが、すでに技術が古いと断言される。「もう私の出る時代は終わったのかもしれない」自ら気がつく痛切な思いで、一人の老女として最期を迎える。それにしても救済は一切ない。

誓約(薬丸岳)★★★☆☆

株式会社幻冬舎 第1刷 15年3月25日発行/15年05月07日読了

真犯人はもっとも真犯人らしからぬ人、そしてそれは最後に明らかになる、という典型的に読者を裏切るミステリー。ヤクザから逃げ回り、復讐殺人と引き換えに得た戸籍と顔を買うが、十五年を経て約束の殺人を督促され、元々踏み倒す約束だったので自業自得なところもある。帯の「一度罪を犯した人間は・・」とは少し違う気がするが。

無影燈(上)(渡辺淳一)★★★☆☆

株式会社文藝春秋 文春文庫 第11刷 12年5月25日発行/15年05月10日読了

大学病院を辞め開業医になった俊秀で寡黙な直江。上巻は、この直江に何か秘密があることを匂わせて下巻に続く。このままの流れだけだと単なるメロドラマになってしまうが。

無影燈(下)(渡辺淳一)★★☆☆☆

株式会社文藝春秋 文春文庫 第13刷 12年7月20日発行/15年05月12日読了

上下巻700ページだが、下巻の半ばを過ぎても一向に流れは変わらず嫌な予感がし始めた。昼メロのまま終わってしまった。一体テーマは何だったのだろう、男女の性愛か?

迷宮(中村文則)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 10年11月25日発行/15年05月13日読了

おそらくこれは評価が分かれそう。どこかおかしな人達、かと言って全く異質でもない。同じような人が、普通は表に出ないだけで、普通の顔をしているだけかもしれない。後半は妹の告白を中心に、これがすべて真実か否かは別にして引き込まれた。

愛を積む人(豊田美加)★★★☆☆

株式会社小学館 小学館文庫 初版第1刷 15年5月13日発行/15年05月15日読了

こういった作品はただ素直に良かったと思えばいい気がする。この作品には原作「石を積む人」がある。この脚本版で来月映画が公開される。主演の佐藤浩市が良く似合いそうだ。今日この本を偶然読み始めたところ、帰りの電車内で、筑波植物園で初めて見たタカネバラ、メアカンキンバイとか出てきてこの偶然にびっくり。暗い作品ばかり読んでいるとたまには単純にこうした作品もいい。

あん(ドリアン助川)★★★☆☆

株式会社ポプラ社 ポプラ文庫 第1刷 15年4月15日発行/15年05月15日読了

「砂の器」の遍路を思い起こす。元来、感染力は弱く、1943年特効薬が開発され、日本でも1949年から使用開始された。だが、50年も隔離政策は放置され続け、やっと1996年「らい予防法廃止法」が施行された。その後20年経つが、偏見と差別は残る。まず正しく知るべきだろう。塩どら焼きに込められた再起の期待と亡くなった徳江の思いが伝わる。自称「全身がん」という樹木希林が主演で映画化されるが、読んでいる最中も役者のイメージが勝ちすぎているがいい味を出している。

想像ラジオ(いとうせいこう)★★★☆☆

株式会社河出書房新社 河出文庫 第17刷 15年4月30日発行/15年05月21日読了

泣けるほどではないが、亡くなった方の未練がたっぷり含まれている。3.11で亡くなった方々の口惜しさを想像する。

この国の空(高井有一)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 15年5月1日発行/15年05月24日読了

戦後70年記念としてこの夏映画が公開される。ただい、悲惨な戦場でも、空襲の真只中でもない、戦時下の東京での庶民の生活。19歳の里子が次第に成長し、また、同時に女として目覚めていく過程が戦時下で描かれていく。こうした視点の戦争もの、なのだろう。

遠い接近(松本清張)★★★★☆

株式会社文藝春秋 文春文庫 新装版第1刷 14年9月10日発行/15年05月29日読了

背景は第二次世界大戦前後だが、古さを感じない。緊張感は最後の刑事とのやり取りにあった。念には念を入れて証拠を揃えたが、これがあまりに策を弄し過ぎたか。思わず逃げ切って欲しいと願ったが、遺書が致命傷だった。