小説の木々15年04月

「おばあちゃん」呼びかけに、祖母は驚いた顔で振り返った。「あれ、ちーちゃん。目ぇ覚めちゃったのかい?」「喉かわいたの」「上着も着ねえで寒いだろう。じゃあなにがあったかいもんでも作ろうね」「おばあちゃんはなにしてたの?」「ん?ばあちゃんはハクモクレンを見てだんだ」ほら、と指さされた背の高い木を見上げる。木の枝には、手のひらほどの大きさの真っ白い花がたくさん咲いていた。どの花も夜空に向かって開いているため、コップのように月明かりを溜めてじんわりと淡く光って見える。花に近づくと、涼しく甘い匂いが鼻をかすめた。もう散り際なのか、木の根元には花びらが溜まって白い絨毯みたいになっていた。(「桜の下で待っている」彩瀬まる)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

かっこうの親 もずの子ども(耶月美智子)★★★☆☆

株式会社実業之日本社 実業之日本社文庫 初版第1刷 14年10月15日発行/15年04月01日読了

男親/女親の違いだろうか、いくら我が子が可愛いといってもここまで感情移入はできない。しかし子育ての苦労は十分に伝わった。長崎の島での双子の兄弟との出会いは、いくら狭い島とはいえ偶然が過ぎ、前世記憶、胎内記憶に関する智康の発言はやり過ぎで興が覚める。AIDは考えても容易には答えは出ない。親にだって簡単に言えないよな。

白砂(鏑木蓮)★★★★☆

株式会社双葉社 双葉文庫 第1刷 13年6月16日発行/15年04月06日読了

白砂(はくしゃ)とは細粉化し自然葬をする骨かと思ったが違った。あのまま終わっていたら凡作になるが、もう一つ用意してくれた。隠された真実、「相棒」の杉下右京ばりの推理であった。もっともTV化するには大人しすぎて難しいか。

桜の下で待っている(彩瀬まる)★★★☆☆

株式会社実業之日本社 初版第1刷 15年3月20日発行/15年04月08日読了

東北新幹線、これに乗車する社内売りの女性、そして故郷に帰る乗客で連作になっていて、それぞれが軽い繋がりがある構成。故郷との繋がりが、家族との繋がりが必ずしも肯定的ではなく、どこにでもありそうでほろ苦く、読後感はいい。

エロスの記憶(小池真理子他)★★☆☆☆

株式会社文藝春秋 文春文庫 第1刷 15年2月10日発行/15年04月09日読了

「風酔い」は「花酔い」、「影のない街」は「ブルース」で既読。結構女流作家は真面目に描いているのだが、男性作家は揃って喜劇になってしまったのはどういう訳か、今更テレでもあるまいし。

冬の花火(渡辺淳一)★★★☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 10年11月25日発行/15年04月14日読了

渡辺淳一といえば官能小説という先入観もあり、手を出さない作家の一人であるが、これは1975年の伝記もので、少し認識を新たにした。31歳で夭折した女流歌人中城ふみ子の壮絶な生涯である。しかしなんとも傲慢で我儘で自惚れで、典型的に嫌な類の女性である。ただ、病に倒れながらも、心の発露を素直に歌に託し、当時の歌壇に与えた影響は少なくない。反面自分に正直ゆえにそうしたふみ子の心の葛藤、揺れがよく表れている。

雪の断章(佐々木丸美)★★☆☆☆

株式会社創元社 創元社文庫 第7版 15年2月13日発行/15年04月18日読了

出だしから、偶然に過ぎる点、非日常的な展開で先への期待が失せた。殺人事件にしても、容疑者、場面がこれほど制約されている中で飛鳥一人が犯人を見分け警察の無能力さが際立つ。物語はオトメチックな飛鳥というまったく独りよがりで、他人の気持ちも忖度できない女性の半生。途中で投げ出したくなった。

ハードラック(薬丸岳)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 15年2月13日発行/15年04月25日読了

リストラされ定職もなく帰る家もなく、あとはホームレス生活か悪事。こんな状態にこうも容易になってしまうのか。誰が首謀者か、一人一人候補者が消えていくと、最後にたった一人残った。二転三転とくれば、結局ずいぶんこねくり回した感が残る。

散り椿(葉室麟)★★★☆☆

株式会社角川書店 角川文庫 初版 14年12月25日発行/15年04月27日読了

椿は普通花が一辺に落ちる「落ち椿」だが、ヤブツバキ系でありながら、花がサザンカのようにバラバラに落ちる「散り椿」がある。「散る椿は残る椿があればこそ」と、篠にしろ采女にしろ、亡くなった人がそれぞれに残る椿に将来に思いを寄せて散って行った。小説と花木が実にマッチしている。篠の遺言はいささか妙だと思いながらも深読みしなかった。和歌も一通りの意味しか読まなかったが、これが正に著者のミスリードだった。読後感は爽やかだった。

光と影(渡辺淳一)★★★★✩

株式会社文藝春秋 文春文庫 第4刷 14年3月25日発行/15年04月30日読了

「光と影」当時負傷した腕は切断手術であり、粉砕骨摘出は希な手術であった。たまたま同時に右腕を負傷したの二人の大尉は、カルテが積まれた順番で手術を受ける。気まぐれな医師の判断で、最初は切断、次は摘出となり、摘出した大尉は不自由は残ったが右腕も残った。その後の人生はこれによって大きく変わった。残酷な運命の分岐点で、しかも徹底的である。「薔薇連想」氷見子は薔薇疹に連帯感と美しささえ感じている。物語は薔薇疹で終わるが、実はこの先が恐ろしくて想像したくない。