小説の木々15年12月

珠生が五年ぶりに実家に戻った日、庭の千島桜がいくつか咲き始めていた。爆撃で失った家を再建する際に、父が泣きながら植えていた樹だ。太平洋戦史が根室の町に残した傷跡も、復興の名の下に薄れつつある。歳月は十五年ぶん木々の年輪を増やしたが、同時に人と人のあいだにも細かい溝を刻んでいる。日本でいちばん遅い桜も、一週間ほどで満開になる。五月の風は冷たいが、北の桜は葉陰で咲くのでしぶとく花弁を持ち続ける。(「霧ウラル」桜木紫乃)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

犯人に告ぐ2(雫井脩介)★★★☆☆

株式会ピーワークス 第1刷 15年09月20日発行/15年12月02日読了

振り込め詐欺まがいの誘拐ビジネス。主犯の淡野は取り逃がすが、砂山兄弟は逮捕される。しかし、犯人からすればほぼ完ぺきな計画も、偶然性が重なって、読み筋でもなく期待もしていなかった刑事がきっかけでは、不合理で返す返すも残念ではないか。

巨鯨の海(伊東潤)★★★☆☆

株式会社光文社 光文社文庫 初版1刷 15年09月20日発行/15年12月03日読了

板子一枚下は死、という厳しい海の男たちの鯨取りに賭ける生き様と組織的な村社会が見える。同時に鯨という生き物の母子の情愛も忘れられない。古式鯨漁法も時代とともに廃れていく中で、それで生計を立てた太地の人々にも時代の流れを感じる。

私がいないクリスマス(加藤元)★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 15年11月13日発行/15年12月06日読了

「人間は、いつでもいい加減な嘘をつけるし、嘘ならいくらでも信じるくせに、どうして本当の気持ちをうまく伝えられないし、信じることができないのでしょうか」チョット響いた言葉でした。クリスマスに見た夢のお話。

ユートピア(湊かなえ)★★★☆☆

株式会社集英社 第1刷 15年11月30日発行/15年12月08日読了

ユートピアを求めて鼻先岬に移住してきた芸術家たち。「ユートピアを求める人は、自分の不運を土地のせいにして、ここではないどこかを探しているだけ」土地の人達とも仲間たちとも真に溶けあわず、批判・陰口、口さがない噂、軋轢。ドロドロした人間関係は、体に纏わりつく十分イヤミス的不快感を表している。落ちは一挙に謎解きをして、少々凝り過ぎている。

冬の光(篠田節子) ★★★☆☆

株式会社集英社 第1刷 15年11月15日発行/15年12月15日読了

学生運動、就職、結婚、長年にわたる裏切り、遍路もでさえ女性の影が見え、そしてフェリーから消えた父。単に不実だということもできるが、その陰に、ある意味純粋で勝手気ままでエキセントリックな紘子がいた。研ぎ屋としての技能はいい味を出している。次女の碧は少しつかめそうだったが、他人から見れば真実は分からない。一度も悪びれてはいないが、最後に見た冬の光は、やっと家族に戻った康宏がいた。

彷徨う刑事(永瀬隼介)★★★☆☆

朝日新聞出版 朝日文庫 第1刷 14年12月30日発行/15年12月24日読了


大分長く積読状態だった。暗く読むのも苦労した。731部隊の罪業は東京裁判にも架けられなかったのが、GHQの関与だったことは想像に難くない。そして帝銀事件も証拠不十分で、35人もの法務大臣をして死刑執行を躊躇わせた。この2つを結ぶ線上に、当時の戦後体制があった。真相を隠す闇の深淵は底が見えない。

人生の約束(山川健一)★★★☆☆

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 15年11月25日発行/15年12月25日読了

クリスマスだし、まあ、いいか、という感じ。感動ものはそれ自体いいのだが、何かもう少し深さが欲しいところ。

砂浜に坐り込んだ船(池澤夏樹)★★☆☆☆

株式会社新潮社 初版 15年11月25日発行/15年12月27日読了

淡々と死者と会話をする、エッセイ風。帯の「死者を思いながら生きていく」に惹かれて買ったが、理解するには読み直さないと分からない。座礁船とタグボートとそれを見つめる人々、の点景が印象的。

骨風(篠原勝之) ★★★★☆

株式会社文藝春秋 第5刷 15年11月20日発行/15年12月29日読了

父親、母親、祖母、弟、家族にそれぞれ確執を持ち、決して平穏無事な家族でも人生でもない。父の骨をモンゴルに撒いたとき、認知症の母と弟の納骨に行ったとき、祖母の暖かい手を思い出したとき、すなおになれないものはあったにせよ、しんみりと思いが伝わる。