小説の木々16年02月

ならの葉のなかに、銀の太陽があった。ふと顔をあげた野口は、光のまぶしさで、まばたいてから、それを見なおした。光がじかに目にあたるのではなかった。光は葉のしげりのなかに宿っていた。・・今日の夕方は、ならの葉がしずまりかえっていて、しげる葉のなかの光も静かであった。「ううん?」と、野口は声にも出た。薄暗い空の色に気づいたからである。太陽がまだならの高い木立のなかほどにある空の色ではなかった。日が今沈んだような色であった。ならの葉のなかの銀の光は、木立の向こうに浮ぶ小さな白雲が、入日を受けてかがやいているのだった。木立の左に遠い山波は淡い紺一色に暮れていた。(「掌の小説/白馬」川端康成)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

津軽(太宰治)★★★★☆(再読)

株式会社新潮社 新潮文庫 第123刷 15年02月15日発行/16年02月02日読了

津軽に旅行するにあたりこの本を持って行くことにした。旅程とは異なり訪ねた後に文章に出会うことになったが、身近に感じて興味深い。戦時中のことでもあり世相が暗い中、随分と気楽に明るい太宰の酒好き、だらしなさも良く出ている。最後のたけとの再会がなければつまらなくなっただろう。自殺はこの4年後(39歳)である。

坂の途中の家(角田光代)★★★★☆

朝日新聞出版 第1刷 16年1月30日発行/16年02月05日読了

同じような環境で感情移入もあるだろう、育児の大変さもあるだろう、周りの理解も同じかもしれない。このまま狂ってしまいそうな実に危うい立ち位置で、この先何も変わらないかもしれない、会話と理解のボタンの掛け違いはこのままかもしれない、ただ辛うじて落ち込んだ場所から戻れそうな予感を残す。

慟哭の谷(木村盛武)★★★☆☆

株式会社文藝春秋 文春文庫 第5刷 16年01月15日発行/16年02月10日読了

ヒグマ関連の本はいくつか読んだ。吉村昭の「羆嵐」はこのドキュメントを元本にしている。人間がヒグマの生活圏に入り込んだのだが、何か別格の生き物のように感じられる。恐怖と畏怖と、ときに神聖化さえする。とくに親子熊、手負い熊は恐ろしい。火にも、音にも、大人数にも臆することなく、一度得た獲物は執着して離れず、狙われたら逃げようがない。読むほどに恐ろしい生き物であることを感じざるを得ない。

真実の10メートル手前(米澤穂信) ★★★☆☆

株式会社東京創元社 初版 15年12月25日発行/16年02月11日読了

大刀洗万智、鋭い感性と推理力を発揮するスーパーウーマンすぎるきらいがある。前振りがなく唐突なのは短編故か。「全てが旨くいくはずはない。彼女はこれまで幾人もかなしませ、幾人も憤らせたのだろうし、これからも何度も何度も悲鳴と罵声を聞くことになるのだろう」と言う部分がないので、サクサクし過ぎて深みに欠ける。2015年ベストミステリーと言われる「王とサーカス」を読んでみるか。

ガラパゴス(上)(相場英雄) ★★★☆☆

株式会社小学館 初版第1刷 16年01月31日発行/16年02月14日読了

2年前の自殺を殺人と見抜き再調査が始まる。まったく別だと思われたそれぞれの話がゆっくりと動き出し、少しずつ中心に集まっていくような緊張感が感じられる。派遣労働がまるですべて悪いように、ややエキセントリックに扱っているところは気に掛かるが、物語上仕方がないところか。

ガラパゴス(下)(相場英雄) ★★★★☆

株式会社小学館 初版第1刷 16年01月31日発行/16年02月15日読了

政治家と警察組織、企業トップはうまく擦り抜け、結局トカゲのしっぽ切り。とは言っても、実際立件も難しいだろう。一度歯車が狂った人生は容易に元に戻らない。確かに生活保護かホームレスに落ちざるを得ない現実はある。働きたくても働けない、低収入層から抜け出せない就労環境は、一歩間違えば誰にでも起こり得る怖さ、遣り切れない悲哀がある。

つまをめとらば(青山文平) ★★★☆☆

株式会社文藝春秋 第3刷 16年01月30日発行/16年02月18日読了

まるで生きる目線が違うように、女という生き物は天から自信を付与されている、と言わせる。女の弱さと逞しさを見るようである。時代劇の短編物だから、切羽詰まったものがなく、現実離れしたほのぼのさも感じる。

分離の時間(松本清張) ★☆☆☆☆

株式会社光文社 初版第1刷 15年08月20日発行/16年02月21日読了

いつ物語が展開するかと期待しながら我慢して読んだが、何の捻りもなく終了する。今までで一番つまらなかった松本清張である。「分離の時間」は二人の素人探偵が推理(推測)で真相に迫るものの、二人だけの世界で、緊張感も現実感もなくあっけなく終わる。「速力の告発」も自動車メーカへの告発と言いながら徒手空拳で、更に復讐劇でピントがずれた。

二つの山河(中村彰彦) ★★★☆☆

株式会社文藝春秋 第4刷 13年02月05日発行/16年02月24日読了

何故松江がここまで囚人に手厚くしたかその背景を説明するのはいいのだが、作中その説明が過多で感動作を読むというより歴史書を読む気分であった。しかし明治のこととはいえ、軍隊のおいてよくもここまで勝手ができたものかと驚きである。

二つの祖国(一)(山崎豊子) ★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第11刷 15年07月25日発行/16年02月27日読了

戦時下における敵性国人への迫害はどこの国にもあった。帰化権のない一世はまだしも米国の市民権を持つ二世達もその理不尽な扱い、兄弟が敵味方に分かれて戦わなければならなかった現実があった。自由、平等、博愛を謳う米国でもそれは例外ではない。そうした中で生き抜かなければならない移民達の苦労は如何ともし難い。