小説の木々16年03月

逆光になった岬の先端部は、常緑樹が分厚く茂っていて、黒々と影を刻んでいる。藪が開けると、山の根元だった。右側に穏やかな海が見える。崖下を覗きこむと、ぬめるような深緑色をした水が、ゆっくりとうねっている。正面は、燃え上がるような紅をちりばめた森になっていた。藪椿の群落だ。重なり合い、分厚く茂った葉の間に、そして落葉の積み重なる地面に、まるで春の女神が気紛れを起こしたように、金のしべも鮮やかに紅の花が、ばらまかれている。こんな北の地に、椿の森があるとは、思いもよらなかった。(「聖域」篠田節子)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

二つの祖国(二)(山崎豊子) ★★★★☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第10刷 15年11月05日発行/16年03月02日読了

運命のいたずらか、終に戦場で賢治と忠が合いまみえることになった。なんと生き伸びて欲しいと願いながら読み進めた。勝者が敗者を裁く裁判にどこまで正義があるのか。

二つの祖国(三)(山崎豊子) ★★★★☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第5刷 10年09月30日発行/16年03月06日読了

極東軍事裁判、勝者が敗者を裁く裁判、弁護団があるのはまだしも、ただし。全体として公正、公平は望むべくもない。日本史の教育に近代史が欠けているのはどうしたことか 世界の保安官的米国にも、常に正義があるものでもない。

二つの祖国(四)(山崎豊子) ★★★★★

株式会社新潮社 新潮文庫 第2刷 09年11月30日発行/16年03月10日読了

終章のグッドバイが終焉に近づくほど嫌な予感とザワザワする気持ちが不気味に強くなる、やはりこうなるのかと。他方、読み終えて長編にホッとする。時代の波に翻弄され苛酷な時代に生きた人々が、壮大なスケールで描かれている。極東軍事裁判は今でも疑問が残る。

聖域(篠田節子) ★★★☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第3刷 16年02月21日発行/16年03月14日読了

宗教的、哲学的分野に進むと思えば、一歩手前で踏みとどまっている。実藤と千鶴の糸を伏線に、イタコの所業で生と死の闇を繋いでいく。水無川泉に関わったものが皆その闇に没して行った。不安や緊張を抱いた心理状態を描くサスペンスものだが、引きづりこまれる。未完の「聖域」の結末はそれぞれ自分にということか。

冬の伽藍(小池真理子) ★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第9刷 14年01月15日発行/16年03月17日読了

どうも「チヤホヤ症」の女性は、子供の頃からそれが習い性になっているから、何ら疑問を持たずにそれを普通と考えるきらいがある。事件は起こるべくして起こり、第1章の途中からでも容易に推察できる。多少ニンフォマニア的な性格も否定していない悠子が、毅然としていれば起こらなかった事件。ここはどうだろう、最後の出会いはすれ違いにしてもありかと思う。

はだれ雪(葉室麟)★★★☆☆

株式会社KADOKAWA 再版 16年01月30日発行/16年03月22日読了

忠臣蔵を傍から見たような、面白い趣向であった。葉室流かもしれないが、ひたすら生真面目にまっすぐすぎ、また、清廉潔白、勧善懲悪的でドラマとしてはやや白ける。

一瞬の雲の切れ間に(砂田麻美) ★★★★☆

株式会社ポプラ社 第1刷 16年01月19日発行/16年03月24日読了

文章は平易で読みやすいが、反面深み、厚さは乏しい。少年の不幸な交通事故に関わる5人の大人のそれぞれの生き様が微妙に絡み合う。特に最終章はまったく関係しないと思われる男性から少年の母親への手紙が秀逸。誰だろうと思いつつ、意味もないと思われたものが、亡くなった少年、母親、手紙の男性に強烈に浮かび上がり、生への希望が垣間見える。

なごり歌(朱川湊人) ★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 17年12月01日発行/16年03月25日読了

郷愁と哀愁にあふれる中に、非現実的な事柄もさほど違和感なくもぐりこむ独特な世界を描く。全編にゆったりとした紙飛行機が何かを象徴するように飛びすぎる。