小説の木々16年06月

外は灰色のビル街。窓の下に、場違いのように桜の大木があった。蕾がほころんでいる様子がここからでも分かる。四方に伸びた枝に蕾が密集し、桜木全体に盛り上がるような量感がある。あの日の朝、桜子と一緒に玄関を出たとき、我が家の桜の枝はまだ裸だった。人の身に何が起ころうと、自然の営みが留まることはない。少しずつ季節が移ろっている。(「午後二時の証言者たち」天野節子)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

トラップ(相場英雄)★★★☆☆

株式会社双葉社 第1刷 14年01月25日発行/16年06月06日読了

あれだけ完璧に行動確認をし、証拠を集め、自供を得たのに、不起訴処分となった。水を漏らすなと、療養中の真藤が忠告したのに、弁護士が指摘した穴があった。こんなとき弁護士という職業の持つ善悪ではないテクニック上の行動に疑問を持つ。

風のささやき(姫野カオルコ) ★★★★☆

株式会社KADOKAWA 角川文庫 再版 14年05月15日発行/16年05月 08日読了

単に介護の大変さだけ言っているのではない。実際に介護をして来た人の本音ベースのささやきを拾っている。いつか然るべき人がやるとことになると思っていたが、それが今、自分がやることになる。この事実に愕然とする。でも投げ出すわけにはいかない。それでも囁きだからあからさまに他人には言えない心情の吐露が切ない。

終業式(姫野カオルコ) ★★★★☆

株式会社KADOKAWA 角川文庫 第5刷 14年05月30日発行/16年05月10日読了

4人の男女を中心に、高校時代からの20数年間の関わりを全編書簡のみで綴る。いろいろな人が登場するが、ときに時空間は自在に跳び、視線、主観が書き手により目まぐるしく変わる。またときに書いたが投函されない書簡もある。話は友情、恋愛、仕事、結婚、離婚と普通の生活だが、相手があることだから必ずしも日記程正直ではないにしても、その時々の秘められた思いや本音が垣間見える。

追憶の夜想曲(中山七里) ★★★☆☆

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 16年03月15日発行/16年05月16日読了

贖罪の奏鳴曲に続く悪徳弁護士御子柴シリーズ第2弾。金にもならず、名声も得られず、敗戦濃厚な弁護を何故引き受けたのか。かたや被告人亜希子は弁護士を警戒し何かを隠している。ときに真実は残酷な結末を用意している。どんでん返しがいともあっさり決まるのが何か物足りない。

美人薄命(深水黎一郎)★★★☆☆

株式会社双葉社 双葉文庫 第1刷 16年04月17日発行/16年05月19日読了

何が本当で何が嘘なのか。世間的には想像の産物とされたが、総司だけはカエ婆さんの思いを信じ、誰も気づかないだろう五十治からのメッセージを読み解く。

Aではない君と(薬丸岳)★★★★☆

株式会社講談社 第1刷 15年09月15日発行/16年05月23日読了

今までのこの著者の中でベスト。少年犯罪の重たさは、少年がワルならそれなりに納得するが、悪人でないと周りを含めみんなを巻き込んで辛くなる。「精神を殺すのと身体を殺すのとどちらがより悪いか」みながそれぞれに少しずつ悪くて、それに気付くこともなく、思わぬ取り返しのつかない事件に発展していく。

青い記憶(田村優之) ★★☆☆☆

株式会社ポプラ社 ポプラ文庫 第1刷 16年05月05日発行/16年05月26日読了

死にゆく父から息子への手記という形をとらなければならなかったのか。しかも残す言葉としては、そこに至る語りが多すぎて冗長過ぎる。広いフランスで偶然にしろオルガとガレの遭遇にしろ、そこで起こる悲劇にしろ偶然に過ぎている。

夫以外(新津きよみ)★★★☆☆

株式会社実業之日本社 実業之日本社文庫 初版第1刷 16年04月15日発行/16年05月27日読了

何が書きたいかは分かるのだが、突っ込みが足りない。苦労の対象が、夫というより嫁姑、小姑との軋轢の方が厳しい。所詮作られた家族とはこんなものか。