小説の木々16年05月

外は灰色のビル街。窓の下に、場違いのように桜の大木があった。蕾がほころんでいる様子がここからでも分かる。四方に伸びた枝に蕾が密集し、桜木全体に盛り上がるような量感がある。あの日の朝、桜子と一緒に玄関を出たとき、我が家の桜の枝はまだ裸だった。人の身に何が起ころうと、自然の営みが留まることはない。少しずつ季節が移ろっている。(「午後二時の証言者たち」天野節子)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

雪の鉄樹(遠田潤子) ★★★★☆

株式会社光文社 光文社文庫 初版第1刷 16年04月20日発行/16年05月01日読了

13年前に何があったのか。なかなか明かしてくれず、目が離せない。雅雪の愚直なまでの奉仕は傍目には異常とさえ見える。舞子も負けず劣らずだが。この二人の育ちに共通点がある。ラストにはやっと救いがある。

アンチェルの蝶(遠田潤子) ★★★★☆

株式会社光文社 光文社文庫 初版第1刷 14年01月20日発行/16年05月☆09日読了

ひどい親たちであった。いずみを救うはずの二人の行動は、また新たな問題を引き起こし、いずみはささやかな夢さえも捨て、徹底的に二人を庇うことになる。「それでも生きていく」と、三人は二十五年間前から一歩も前に進めない。三人の友情、愛情は耐えてすさんで、むなしく哀しい結末を迎える。せめて藤太の再生と、ほずみとの生活が始まって欲しい。

鳴いて血を吐く(遠田潤子)★★★☆☆

株式会社角川書店 初版 12年08月30日発行/16年05月12日読了

相変わらず重たい。人は誰でも口にできない秘密があるとはいえ、複雑な人間関係は凝り過ぎの感がぬぐえない。思いと現実が一致せず、古い因習とプライド、因縁にがんじがらめにされた愛憎は、周りの人も自らも不幸にして行く。童話ごんぎつねに倣った「おまえだったのか」という言葉に託した気持ち。ここまで来るのに、どれだけの人が苦労したのか、みな歯車が軋んでいる。

ツ、イ、ラ、ク(姫野カオルコ) ★★★☆☆

株式会社KADOKAWA 角川文庫 第9刷 14年02月05日発行/16年05月17日読了

小中学生時代のアイアイガサや交換日記、幼稚な性意識があった。女子に比べて男子の幼稚さが際立つ。隼子は一人空想の世界を夢み、仲間たちから一歩離れていた。このとき特に好きだったわけではなく、教師と生徒の良くある危うい関係に陥る。ただ、小山内先生にはお見通しだった。14歳にしてある日これが最後だと別れたが、ニ十年後、その小中学生達はそれぞれに、内面は変わらずに成長する中、同一職場にブーメランのように再び運命が巡ってくる。二十年変わらず思いが続いているのも奇跡的過ぎる。

雪の花(秋吉理香子) ★★☆☆☆

株式会社小学館 小学館文庫 初版第1刷 09年09月09日発行/16年05月19日読了

「女神の微笑」はまあまあ、「秘蹟」のホラーで怪しくなり、「たねあかし」の悪女物は最低。表題「雪の花」は他愛ない。

三日間の幸福(三秋縋)★★★☆☆

株式会社KADOKAWA メディアワークス文庫 第18刷 16年04月15日発行/16年05月20日読了

寿命、時間、健康を売る。正直なところ、この類のテーマは好きである。昔手塚治虫の漫画に歳(年齢)を売る話があって興味津々で観た記憶がある。世にも不思議な物語では記憶を売る話が出てくる。売るべき寿命が将来価値を含めているので、こんな価格とは、である。買う方はその価値も一緒に買うのだろうか。しかし、これでは売れないので、売買が成立しない筈で、商売としてつじつまが合わない。

蓮の数式(遠田潤子)★★★☆☆

株式会社中央公論社 初版 16年01月25日発行/16年05月23日読了

DVを逃れ戸籍さえ持たない子供。周りも学習障害に気づかず救えず大人になった。何をしても底辺で生きるしかない。不妊治療が旨く行かず、姑からいびられていた主婦もついに堪忍袋の緒が切れて家出する。こんな二人が奥能登でしばしの間静かな生活をするが、それも一時的なもの。すでに修正は効かず二人とも壊れていた。

お葬式(遠田潤子)★★★☆☆

株式会社角川春樹事務所 第1刷 15年02月18日発行/16年05月27日読了

いつものように秘密は最後に、だが、もうここまでくると偏執狂というほどに子供っぽい思考。周りに偽り、良い父、良い夫、良い社会人はすべて自作自演だったのか。 結局、自己満足でしかなく、我儘な二重の人生。

整形美女(姫野カオルコ)★★★☆☆

株式会社光文社 光文社文庫 初版第1刷 15年05月20日発行/16年05月30日読了

人工美女という言葉には妬みと嫌悪感が付きまとう。美しいが可愛くない女と、可愛いが美しくない女が入れ替わるが、精神的なものは変わらなかった。可愛いはかなり主観的なものだが、技術が進歩すれば、劣等感をなくす、程度問題こそあれ化粧の一部のように隠すほどのことではなくなるかも。もちろん男の場合も。夜会のロブスターは誰も手にしないが、沢庵をおいてもまた誰も手にしない。