小説の木々16年08月
桃の入った袋をひじにさげて歩く道は都会と違って、車が少ないのに広い。背の低い街並みに沿って百日紅の並木がピンクの花を咲かせている。午後の早い時刻だが人影はまばらだ。並木のどこかで蝉が鳴き、一本の下で小さな女の子が樹上を見上げていた。昔の私と同じだ。私も百日紅のあのつるつるの幹に蝉がどうやって止まっていられるのかが不思議でならなかった。(「海の見える理髪店」荻原浩)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
海の見える理髪店(荻原浩) ★★★☆☆
株式会社集英社 第3版 16年07月30日発行/16年08月08日読了
第155回直木賞受賞作品。短編集なので深くは読めないが、家族愛に、それぞれしんみりとしたものを感じる。
「海の見える理髪店」結婚を控えた息子が僻地に床屋を出した父に頭を刈ってもらいに来る。もちろんどちらも名乗りはしないが、分かりあっている。頭を刈りながら思いを話す。帰り際前髪の様子がといいながらもう一度顔を見せてくれと願う。
「いつかきた道」母とそりが合わずに16年が経った。弟に一度会ってやってくれと言われ久しぶりに会った母は認知ですでに娘の顔さえ分からなかった。二度と来るつもりはないと思ったが。出てきた言葉は「また来るね」だった。
「遠くから来た手紙」夫が家庭を顧みずついに実家へ帰った妻は、もう亡くなった祖母からのメールをもらい、また夫とやり直そうとする。
「空は今日もスカイ」家出した。神社で虐待にあっていた中学生と一緒に海を探しに行く。そこで会ったホームレス。翌日警察に逮捕されそうになるが、「違う、捕まえるのは」と叫ぶ。
「時のない時計」古い時計屋い父の形見の時計を修理してもらいに行くが、そこにある時計はいろいろな時刻で止まっていた。妻が出ていった時刻、子供が生まれ、そして死んだ時刻。時計はその時を記憶していた。
「成人式」亡くなった娘の代わりに若作りして成人式に出席しようとする夫婦。娘の友達の助けでなんとか成人式に出席ができて、やっと次に進める。
ドミノ倒し(貫井徳郎)★☆☆☆☆
株式会社東京創元社 創元社文庫 初版 16年06月24日発行/16年08月☆15日読了
ドタバタのコメディタッチはいいにしても、ダラダラと残りページも少なくなって一体どうやって締めくくるつもりかと不安になった。結末は街ぐるみの非現実的なリンチ殺人で、緊迫感もシリアスさもない、衝撃というより安易な落ちで、落胆した。
終わった人(内館牧子) ★★☆☆☆
株式会社講談社 第12刷 16年06月22日発行/16年08月18日読了
退職後の燃え残り症候群は分かるが、引き際の未練。しかし、倒産して9千万円の負債を精算しても、多くはないが現金、家、妻のサロン、加えて年金5百万円が残るような主人公では誰がシンクロするだろうか。男は徹底的に煮え切らず、女性の立場だけが目立つ女性目線が緩さを感じてしまう。
闇に香る嘘(下村敦史)★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 16年08月10日発行/16年08月24日読了
孫への腎臓移植の検査を拒否するだけで兄が偽物ではないかと疑い始めることに違和感を覚えながら苦労して読み進めた。全盲の身ながら過去を調べていく様子は歯がゆくまどろっこしい。しかし、実の兄という人物が現れてから徐々に緊迫していき、家族愛に支えられて真実に近づいていく。ロバート・ゴダード「闇に浮ぶ絵」と似ているということだが、構成は似ていても描写は違うだろうし、気にすることではない。
コンビニ人間(村田沙耶香) ★★★☆☆
株式会社文藝春秋 第3刷 16年08月10日発行/16年08月25日読了
子供の頃から後先を考えない変わった子だった。コンビニのアルバイトを始めると初めて人間社会に同化できた。チャップリンが社会の歯車になることに批判的な映画を作ったが、恵子は社会の歯車になることで自らの立ち位置を確保した。しかしそれが18年も続くと、別の社会常識、他人の価値観の強要が煩わしくなる。形だけの同棲をしたが、やはりコンビニに戻って行く。自己の価値観で生きるのは良いのだが、将来性があまりに欠如して、このままでは生活に困窮し先は暗い。
仮面同窓会(雫井脩介)★★☆☆☆
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 16年08月05日発行/16年08月27日読了
伏線に二重人格を張っているが、復讐劇にしては動機、行動、手段が稚拙で行き当たりばったり、ここまでやるかとも思う。これではすぐ警察の手が伸びる。矛盾な点もあり、かなり無理筋の感が拭えない。
ジャッジメント(小林由香) ★★★☆☆
株式会社双葉社 第4刷 16年08月03日発行/16年08月29日読了
世界的には議論されても、日本では死刑廃止は今のところないだろう。昔の仇討ちにあるように、また、悲惨な犯罪がなくならない現代では、気持ちとしては割り切ることは難しい。人道的かどうかは別にして復讐法という現実的ではないが、想定する異常状態での、執行権利者と応報監察官の心理描写が展開される。現実の死刑執行官でも誰がスイッチを入れたか分からないように執行するのに、執行権利者自身が執行しなければならないのは相当のストレスでスムーズな執行は難しい。