小説の木々16年09月
桃の入った袋をひじにさげて歩く道は都会と違って、車が少ないのに広い。背の低い街並みに沿って百日紅の並木がピンクの花を咲かせている。午後の早い時刻だが人影はまばらだ。並木のどこかで蝉が鳴き、一本の下で小さな女の子が樹上を見上げていた。昔の私と同じだ。私も百日紅のあのつるつるの幹に蝉がどうやって止まっていられるのかが不思議でならなかった。(「海の見える理髪店」荻原浩)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
群青のタンデム(長岡弘樹) ★★☆☆☆
株式会社角川春樹事務所 ハルキ文庫 第1刷 16年07月18日発行/16年09月01日読了
肝心なところは伏線で説明してあるからと省略、読者の推察に任せるのはいいのだが、跳び過ぎの感がある。もう一度読み返さないと分かりにくい。こんな終わり方は予想外でそれはないだろうと興覚め。根底に流れる40数年に及ぶ気持ち(これを愛と呼ぶか?)と結果は物語を一気につまらなくした。
しろいろの街のその骨の体温の(村田沙耶香) ★★★★☆
朝日新聞出版 朝日文庫 第2刷 16年06月30日発行/16年09月04日読了
芥川賞受賞の「コンビニ人間」よりこちらの方がいい。自分の中で渦巻く第二次性徴期にある結佳の自分でさえよく認識していないコントロールできない性衝動と支配欲。教室内での厳然とした値札付けとイジメにびくびくしながら生活する。女子をからかう男子中学生が幼く見え、底恐ろしさを感じる。あるとき友達の態度から少しずつ大人になって行く。開発途上で中断した白いだけの街色の背景がよくマッチする。
山桜記(葉室麟) ★★★☆☆
株式会社文藝春秋 文春文庫 第1刷 16年07月10日発行/16年09月07日読了
戦国の世、女子は政略結婚の道具であった。しかし、ほとんど表舞台には出ないにしても、一方で強かであったのではないか。美しく逞しく生きた女性の自らの気持ちと立ち位置を見事に理解していた。「ちりぬべき時をしりてこそ世の中は花も花なれ人も人なれ」
悪母(春口裕子)★★★☆☆
株式会社実業之日本社 初版第1刷 16年06月15日発行/16年09月09日読了
傲慢、排他、嫉妬、憎悪・・・自己中心的で、自分が正しいと思い込む身勝手さが際立つママ友たち。仲良しグループの裏返しは独りぼっち。学校のハブりやシカトと何ら変わるところがない。旦那はこんな世界は知らない。奈江は意識せずに自分中心的だが、自主性、思いやりがなさ過ぎで、さらに怖ろしい深みに嵌り込んでいく。こんな女の世界には近づきたくない。
ストロボ(真保裕一)★★★★☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 15年05月01日発行/16年09月12日読了
第五章から始まり、第四章、第三章・・と遡って行く構成が面白い。今はそれなりのプロカメラマンとなっているが、その時々にその一瞬を切り取る場面があった。人それぞれにこうした一瞬を重ねてきたのだろう。よく見限られなかったと思う。そしてようやく周りが見えてきたようにも思う。カメラの切り取る一瞬の切れ味が凄まじい。
ラストナイト(薬丸岳)★★★★☆
株式会社実業之日本社 初版第1刷 16年07月15日発行/16年09月14日読了
犯罪の繰り返しはいかにも不自然であった。食堂菊屋には思い出があり、ここを物語の中心に置き、客たちの会話と態度が、各章の登場人物のリフレインが重なって行く。せめてもの救いは最後の目撃者がいたことか。話せば馬鹿者と言われるだろうが、32年間ひたすらある目的のため生きてきた達夫の姿である。
見えない鎖(鏑木蓮)★★★☆☆
株式会社潮出版社 潮文庫 第7刷 16年08月24日発行/16年09月16日読了
有子のネガティブ発想はイライラするし、元刑事の中原はいい人過ぎる。警察の関与はここまでだとは分かる。友人があれだけ停めたのに深入りしたのは明菜だし、あとは民事にならざるを得ないが、ラストの健吾の事故は安易に辻褄合わせに見える。淡々と事実が判明するにしても、読み終えてなんだか深みがない。
罪の声(塩田武士)★★★★☆
株式会社講談社 第3刷 16年08月30日発行/16年09月21日読了
フィクションとはいえ新聞記者の阿久津は粘り強く取材を続け、時効だからこそ浮かび上がった事実に一つ一つ迫って行き、終には犯人にたどり着く。金の授受は最初からはうまくいかないと、表向き企業恐喝、風評被害で、株価操作を行う奇抜な作戦で頭脳的。仲間割れは想定外だった。その犯罪の裏には多くの悲劇も隠されていた。徐々に事実が明らかになり、特に後半は読み応えがあった。
コミュニティ(篠田節子)★★☆☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第4刷 15年12月06日発行/16年09月24日読了
嫌ミスとあるのでゾワゾワとおぞましいのは承知の上だが・・。表題作の「コミュニティ」は人間関係の深さ、濃さは入ってしまえば居心地がいいようだが早々に底が割れ。「夜の腎ファンデル」は他の作品と異質で危ういバランス。いまひとつ中に入れない。
かけおちる(青山文平)★★★☆☆
株式会社文藝春秋社 文春文庫 第1刷 15年03月10日発行/16年09月28日読了
妻の不貞、かけおち、そして妻敵討ち。妻と娘が同じように過ちを繰り返すが、 両方とも訳アリではあるが武家時代では些か浅薄過ぎる。ともに非情な結果も起こり得たが、暖かな結末にしてある。脱藩は追手打ちもあり、長崎に行くにしても通行手形はどうするのだろうと気になる。「鬼はもとより」「妻をめとらば」から3冊目だが、時代劇作家としては面白く興味深い存在である。