小説の木々18年02月
ふと、枝先から赤く染まり始めたイロハモミジに気づき、足を止める。飼い犬を優しく撫でるような手つきで、そっと遊歩道に差し出されていた枝葉に触れた。道沿いのベンチに座っていた僕も、誘われるように木々を見上げる。オープンカフェの屋根のようにせり出した枝。暖かな色の染まった葉が重なり合い、画家のパレットのように多彩な優しい色を作っていた。その隙間を縫って降り注ぐ陽光も当たり前のように優しい。(「雪には雪のなりたい白さがある/メタセコイヤを探してください」瀬那和章)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
流(東山彰良)★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第2刷 17年08月02日発行/18年02月02日読了
場面が台湾で人名、地名が中国語。細かいルビは振ってあるが、何度も登場人物表を見直したりページを遡ったり、正直ストーリどころではなかった。大筋は祖父を殺した犯人捜しだが、その時代、人物、地域背景は複雑で、その中での秋生(チョウシェン)の波乱に満ちた青春ドラマだ。子供ができて秋生が大喜びするところで終わるが、すでに前の章で離婚することが書かれており、このラストが印象的であった。
雪には雪のなりたい白さがある(瀬那和章)★★★☆☆
株式会社東京創元社 創元社文庫 初版 18年01月12日発行/18年02月05読了
各篇がそれぞれ思い出の公園を舞台にしているのが面白い。更に良かったのは最後の第5編は4編の連作で、捻りがあった。そっと第3篇のミアも出てくる。「桜の花びらってさ、散るときが一番綺麗だよね。だって、普段は気づかない風の形がみえるから」こんなことを言う女性もいい。惜しむらくは、最後のプロジェクト参加の件は不要で、これは読者の想像に任せて欲しかったと思う。
漂流家族(池永陽)★★★☆☆
株式会社双葉社 双葉文庫 第1版 16年03月13日発行/18年02月08日読了
家族の情景を切り取ったという短編集だが、ちょっと苦いコーヒーのような話。ストーリー仕立てがいささか雑な気がする。
おらおらでひとりいぐも(若竹千佐子)★★★★☆
株式会社河出書房新社 第29版 18年02月17日発行/18年02月13日読了
芥川賞受賞作、芥川賞作品はあまり面白いのがないのだが、これはまあまあ。少し精神的なものにかたより物語的面白さには欠ける。疎遠になった娘との会話はあるが長男との会話も欲しい。この本で玄冬小説という言葉を知った。しかし、夫が亡くなって十五年、子供とも疎遠になり、一人こんなに老後を楽しむ気持ちになれるものだろうか。
瑠璃の雫(伊岡瞬)★★★★☆
株式会社KADOKAWA 角川文庫 第16版 17年12月30日発行/18年02月26日読了
初めから不穏な空気が満ちている。家族を捨てた父、アル中の母、少し足りない弟。元検事に出会ったことで微かに維持できていた。真実を知った元検事も美緒も、許せはしないかもしれないが、忘れることで前へ進み始めた。