小説の木々18年12月

比田さんは、小さな薄黄色い花をいっぱいつけた、低い灌木の小枝を折った。花はいい匂いがした。私は比田さんの手から小枝を取った。「なんて花?」「サビタ」と、比田さんは答えた。タともテともつかぬ発音をした。「押花をつくってやろう。うまいもんだぜ」帰りに気をつけて見ると、その花はあちこちにしろっぽく咲いていた。山城館の付近にもあった。私は比田さんが手折ったから、この花も眼につくようになったのだと思った。(「短編伝説(別れる理由)/サビタの記憶」原田康子)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

半席(青山文平)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 18年10月01日発行/18年12月04読了

父は一代限りの旗本、つまり半席で、子は永大旗本になるため、一から出直しで出生街道を進む。それは家計にも直接響き、出世を目標にするのもむべなるかな。しかし、目付け役に付くと、事件は解決したのに何故が分からず探る裏仕事が来る。それを通して人間臭さ、人の心が見えてくる。そんな道に迷い込んだ。現代にも通じるが、何故という機微に触れるのは難しい。

短編伝説/別れる理由(赤川次郎他)★★★☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 18年08月30日発行/18年12月12日読了

人生の一端を切り取ったような短編小説。なかなか味わい深い。志水辰夫、赤川次郎、原田康子あたりがじっくりといい。

血の雫(相場英雄)★★★★☆

株式会社新潮社 第1版 18年10月20日発行/18年12月19日読了

連続殺人が発生したが、通り魔であるかのように被害者の関連性が見つからない。そのうちに犯人から犯行声明と犯行予告が報じられる。従来の地取り、鑑取りといった捜査では何も出てこない。ネット社会に潜む暗黒世界である。ネットの裏社会での悪意が露呈する。しかし、犯人が第四の殺人は忌避したのは何故か。

光まで5分(桜木紫乃)★★★☆☆

株式会社光文社 初版第1版 18年12月20日発行/18年12月24日読了

新刊が出たので早速購入して読んだ。珍しく舞台が北海道ではなく沖縄。この退廃的な雰囲気には雪ではなく道に寝ても死なない暑い風土が必要だったのだろう。行き暮れて夢も希望もないように見えるが、光まで5分とは。やはり夢や希望なのか。