小説の木々18年11月

それから、たとえば裸の木。山に遅い春が来て、裸の木々が一斉に芽吹くとき。その寸前に、枝の先がぽやぽやと薄明るく見えるひとときがある。ほんのりと赤みを帯びたたくさんの枝々のせいで、山全体が発光しているかのような光景を僕は毎年のように見てきた。山が燃える幻の炎を目にし、圧倒されて立すくみながら、何もできない。何もできないことが、かえってうれしかった。ただ足を止め、深呼吸をする。春が来る、森がこれから若葉で覆われる。たしかな予感に胸を躍らせた。(「羊と鋼の森」宮下奈都)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)


ウツボカズラの甘い息(柚月裕子)★★★☆☆

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 18年10月10日発行/18年11月01日読了

巧みに接近しプライドをくすぐりじわじわと罠に落とし込んでいく。主婦は一時の甘い夢を見ることになった。ここまで追うかと思われるくらいに中学校、小学校まで追い求め、終に一人のサングラスの女を突き止める。サングラスが一つの特徴で、完全犯罪が崩れた瞬間である。

消滅世界(村田沙耶香)★★★☆☆

株式会社河出書房新社 河出文庫 初版 18年07月20発行/18年11月04日読了

管理社会の恐怖物はいくつか読んだ。ある意味で実際主張するより委ねたほうが楽である。人類の存続を管理社会に委ねるとこうなるのかと、また、そこにいる人々が疑問を持たなくなる現実が恐ろしくなる。

真犯人(翔田寛)★★★★☆

株式会社小学館 小学館文庫 第2刷 18年09月08日発行/18年11月11日読了

じっくりと読ませる骨のある警察ものだった。ある初老の男が刺殺された。追っていくとその男は既に時効となった41年前の男児誘拐殺人事件の被害者の父親だった。時効成立1年前に捜査特別班が組織され、ほとんどが特別班の捜査だが、ねちっこい捜査が行われ、もう少しというとき挫折する。繰り返し行われる捜査、なにげなく見落としそうな証言の中から、異物のように出てくる疑問が、すこしづつ塗されている。刺殺事件の捜査は誘拐犯の捜査でもあった。

検事の死命(柚月裕子)★★☆☆☆

株式会社KADOKAWA 角川文庫 初版 18年08月25日発行/18年11月18日読了

長岡弘樹の作品かと思った。物語がきれいにまとまり過ぎて一向に楽しめない、興覚めである。「心を掬う」はここまでやるかと思わせる、このやり方に疑問が湧く。もっとジワジワと追い詰める手はなかったか。「業をおろす」は大仰すぎる。もっとしんみりできないか。最後の「検事の死命」は完璧すぎ。こんな証拠がないのが普通。そうじてちょっと出来過ぎで興覚め。

女が死んでいる(貫井徳郎)★★★☆☆

株式会社KADOKAWA 角川文庫 初版 18年08月25日発行/18年11月23日読了

これと言って取り立てるほどでもない。帯にあるようなどんでん返しも大したものではない。「母性と言う名の狂気」は児童虐待の中での親の狂気が痛ましい。

ドライブインまほろば(遠田潤子)★★★★☆

株式会社祥伝社 初版第1刷 18年10月20日発行/18年11月26日読了

母の運転する車の交通事故で娘が死んだ。すべてから離れたく閉店していた祖父母のドライブインを再開する。母の執着は母自身が許されたいという思いだ。そんなところへ義父を殺したという少年が妹を連れて迷い込む。俺は親になれないという銀河。児童虐待も絡みめちゃくちゃな家族ばかり。だが不思議と緊張感がある。十年池が彼らを救ったのか。