小説の木々19年02月

比田さんは、小さな薄黄色い花をいっぱいつけた、低い灌木の小枝を折った。花はいい匂いがした。私は比田さんの手から小枝を取った。「なんて花?」「サビタ」と、比田さんは答えた。タともテともつかぬ発音をした。「押花をつくってやろう。うまいもんだぜ」帰りに気をつけて見ると、その花はあちこちにしろっぽく咲いていた。山城館の付近にもあった。私は比田さんが手折ったから、この花も眼につくようになったのだと思った。(「短編伝説(別れる理由)/サビタの記憶」原田康子)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

流転の海第三部・血脈の火(宮本輝)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第17刷 18年11月30日発行/19年02月04日読了

第一編では戦後焼け野原となった大阪で進駐軍に手をまわし車の中古部品の商売で財を成す、第二編では家族の健康のため郷里南宇和に引き籠り選挙参謀、ダンスホールなどじっとしていない。郷里も自分の居場所ではないと見切りをつけ、第三篇では再び大阪に舞い戻ってくる。還暦も近く糖尿病の気もあるが、消防ホースの修理、雀荘、中華飯店、きんつば屋、プロパンガス屋とまだまだ精力的である。子供は虚弱ながらもたくましく育つ。熊吾自身、年とともに良いことも悪いことも相半ばし、出会いと別れが交差し、徐々に道が狭められていく気がする。

流転の海第四部・天の夜曲(宮本輝)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第7刷 18年12月15日発行/19年02月11日読了

第四編は富山編。恐れていたことが現実になった。富山への移住は高瀬という男を見誤った。結局妻子を富山に残し単身大阪へ戻る。金は徐々に無くなるし、動きにも制限が加わる。踊り子に現を抜かし、屈辱的に太一に頭を下げ、さらに人の良い熊呉が最も恐れていた持ち逃げにあい、ほとんど文無しになる。一方富山では房江が心因性の喘息に罹り、伸仁一人富山に残し房江も大阪に戻る。悪いときは悪い方に向かい、落ちるところまで落ちたか。

流転の海第五部・花の回廊(宮本輝)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 10年1月1日発行/19年02月18日読了
流転の海を書き始めたとき五部で完結するだろうと言っていたそうだがまだまだ続く。富山から戻った家族は、再び大阪で済み始め、房江が生計を助け、10歳になった伸仁は妹のタネの住む蘭月ビルに預けられる。この蘭月ビルの住人は、戦後の貧困な南北朝鮮人の巣窟で皆一癖も二癖もあるような人達。伸仁は相変わらず体力的には虚弱だが、そうした環境でも逞しく要領よく生活していく。熊吾は駐車場経営を始めやっと一家揃って生活を再開する。長編ゆえに登場人物たちの多様な面が語られていく。
積読

流転の海第六部・慈雨の音(宮本輝)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 14年3月1日発行/19年02月28日読了

ほとんど無一文になった熊呉は房江が店で働くうちにモータープール事業を思いつき、昔世話をした柳田に土地を買わせ自分はその管理人となって一家がやっと揃って生活を始める。また、同時に自分の新しい事業の準備を始める。城之崎ではヨネが死に、麻衣子が自立する。太一が自殺する。人の運命は少しも留まることなく続きながら、大きな川が流れるように熊呉の回りを流れていく。