小説の樹々20年02月

道の向うの塀の中から大きな樹木が葉を繁らせていた。その緑の中でしとどに濡れた泰山木の花が、目のさめるような白さで咲いていた。雨だから、傘をさせばつい下を見て、泥にぬかるんだ道ばかり眺めて歩くものであるのに、茂造は濡れることには頓着なく、傘をかまわず上を向いて歩いて、雨の中で豪華な咲き方をしている花を認めたのであろう。昭子は、胸を衝かれていた。泰山木の花は、美しかった。多く花びらが、恐れずに雨を享けて咲いている。車が走り交う小径の上で、その白さは堂々としていた。昭子もしばらく黙って梅雨に濡れる花を眺め、そして花と茂造を較べ見て、この美しさに足を止めるところをみると茂造には美醜の感覚は失われていないのだと思った。(「恍惚の人」有吉佐和子)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

記憶屋(織守きょうや)★★★☆☆

株式会社KADOKAWA 角川文庫 28版 19年12月25日発行/20年02月04日読了

先に「記憶屋0」を読んだのがまずかったか、時間の感覚が混乱した。 記憶屋のルールが徐々に明らかになってくる。 記憶屋は記憶を消したい人の望みをかなえ、その記憶だけを消す。ときとして本人の意思にかかわらず、記憶屋に都合の悪い記憶も消す。嫌な記憶を消された本人はその後も何もなかったように生活を続けるが、記憶から消された対象者は痛々しく切ない。

記憶屋Ⅱ(織守きょうや)★★★☆☆

株式会社KADOKAWA 角川文庫 15版 19年12月25日発行/20年02月08日読了

第二編になって、再び現れた記憶屋は随分俗っぽくなった。どうやら女性のようで、恐らく世襲か。主義主張もない。記憶を売り買いして記憶をなくす悲劇を、以前TVドラマで見たことがある。これを操るのは悪魔か神か。

記憶屋Ⅲ(織守きょうや)★★★☆☆

株式会社KADOKAWA 角川文庫 3版 16年08月20日発行/20年02月12日読了

ある家系に引き継がれる能力。だから現れるのもローカル。この能力を使うことは主観であり、そこにも躊躇いがある。だから、数年も空くことがある。記憶屋は普通の人間、それなりに悩みも持つ。

死神のレストラン(東万里央)★★★☆☆

株式会社アツファポリス 初版 19年12月9日発行/20年02月14日読了

死にゆく未練を、思い出の食事に託して、成仏していく。ストーリーは素直でいい話だが、もう少しひねりが欲しかったが、短編では難しいか。

ラストレター(岩井俊二)★★★☆☆

株式会社文芸春秋 文春文庫 第2刷 19年11月30日/20年02月26日読了

若い時一度だけ新人賞をとり、その後書けず売れずの自称小説家。30周年の中学の同窓会であの人に再会する。今の好きだとメールを打つが、その人はもういなかった。小説だから細かい描写もあり、なんとなくドタバタした舞台裏を見るようなところもある。むしろ映像のほうが想像させていいのかもしれない。