小説の樹々20年12月

夏の終わりの風が、桜の枝を揺らす。頭上の葉のざわめきが、子供たちの歓声を耳からつかの間遠ざける。夏が行く。もう何度と数えることはない。あと何度と思いを馳せることもない。さすがに私は・・・私は年を取りすぎた。なあ、お前はどうだ?寄りかかった桜の木を下から見上げた。桜は応えなかった。ただもう一度、枝葉がざわめいた。見上げた姿勢のまま目を閉じた。桜のざわめきがやみ、耳に子供たちの歓声が戻る。指導をするコーチたちの声も聞こえる。それを見守る親たちの声も聞こえる。ふと気配を感じて目を開けると、いつの間にか隣にいた。私は桜の木から体を離した。(「Good old boys」本多孝好)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

ルビィ(重松清)★★★☆☆/ISBN978-4-08-520865-6

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 20年09月15日発行/20年12月01日読了

少年の鬱積で少しは重松らしくなったかな。この本もそうだが、第三者の視線で物語る作品が多い。題材だけに、真剣みを避け、柔らかにしているのか。

お腹召しませ(浅田次郎)★★★☆☆/ISBN978-4-12-206916-9

株式会社中央公論社 中公文庫 改版4刷 20年11月20日発行/20年12月12日読了

婿が藩の金に手を付け女と出奔した。武家社会ならば当然親が腹を切りその責を負い、お家断絶を防ぐのだろう。母親も娘も当然のごとく「腹を召しませ」というところが、武家社会の非情さである。太平の世に慣れ、すでに武士は無用化しつつある幕末時代。武家のしきたりだけが生きている。これをすべてひっくり返すところが痛快であり、悲惨である。

さざなみのよる(木皿泉)★★★☆☆/ISBN978-4-309-41783-7

株式会社河出書房新社 河出文庫 初版 20年11月20日発行/20年12月19日読了

亡くなったナスミが主人公である。あとに残った人々の中に、ナスミは意識せずにもきっちりとあとを付けていた。ナスミは皆の心の中に生き続けていた。たかだたの人生、されど人生か。本人が意識した訳では無いので、残った者たちが勝手に思っただけにしても、良くも悪くも人の心に残したあとは鮮やかだった。

汚れた手をそこで拭かない(芦沢央)★★★☆☆/ISBN978-4-16-391260-8

株式会社文芸春秋 第1刷 20年09月25日発行/20年12月22日読了

読み進めながらゾワゾワする。 最初は小さな秘密や嘘が、明らかにできず徐々に悪い方向へと進む。実によくあることである。