小説の樹々21年05月
夏の終わりの夜は蒸し暑くて、どこからか花火の匂いがした。空を仰ぐと百日紅の赤が夜目に鮮やかに映る。その向こうには小さな星が幾つか瞬いていて、明日も晴れだと言っている。酔った勢いで美晴の手を掴み、子どものようにぶんぶん振って歩く。鼻歌を歌うと美晴が笑ったから、私も笑った。他愛ない夏の一日だった。(「52ヘルツのクジラたち」町田そのこ)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
キラキラ共和国(小川糸)★★★☆☆/ISBN978-4-344-42880-5
株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 19年8月10日発行/21年05月09日読了
2冊目に入り大分トーンが変わった。ほとんどが鳩子の結婚、ご近所のこと、皆周りのことで、肝心の代書屋の話が少なくなった。話も家庭劇だけでなく、もう少しひねりが欲しいところ。しかし、手紙を書くという習慣はなくなってほしくないと思う。字が綺麗なことは素晴らしい。
緑陰深きところ(遠田潤子)★★★★☆/ISBN978-4-09-386610-1
株式会社小学館 初版第1刷 21年4月28日発行/21年05月16日読了
最初から剣呑な空気が充満している。睦子の心変わりで一家は滅茶苦茶になる。そして無理心中。兄からの手紙「花開萬人集 花盡一人無 但見隻黄鳥 緑陰深處呼」を見て、五十年間放置していた復讐を決意する。もう一人の主人公リュウ。肺癌に侵され、25歳の若さで死を目の前にしている。「理不尽だ。お前はもうすぐ死ぬ、でも一人じゃない。俺が見送る」理不尽さは解けないが、死にゆく者へのせめてもの贈る言葉だった。
52ヘルツのクジラたち(町田そのこ)★★★★☆/ISBN978-4-12-005298-9
株式会社中央公論社 第15刷 21年4月10日発行/21年05月19日読了
「52ヘルツのクジラ」という表現が秀逸、それだけで「心の声が聞こえない」ことを表している。普段は聞こえない52ヘルツが、あるときひらめきのように52ヘルツの声を聴いて互いに助けてくれた、あるいは助けた。
六人の嘘つきな大学生(浅倉秋成)★★★★☆/ISBN978-4-04-109879-0
株式会社KADOKAWA 第3刷 21年4月5日発行/21年05月20日読了
この最終方法は最悪である。人事担当の責任放棄であり、残酷な選考方法である。最良かどうかは分からないが人事責任である。事件が起こる。月は表からしか見えない。採用時代を思い出すが、試験はそれなりに差をつけることができるが、面接になれば印象でしかない。それで人に人生が決まるとなると恐ろしいものがある。
エレジーは流れない(三浦しをん)★★☆☆☆/ISBN978-4-575-24397-0
株式会社双葉社 第1刷 21年4月25日発行/21年05月26日読了
ミステリーなどを読んでいた後にこれはあまりに緩い、温い。読み続けるのを断念しようかとさえ思った。事件らしい事件は、父親の出現と土器の盗難。しかしそれでこそ、なりたい職業もない、夢のないという少年達の何に対してか分からない鬱憤一時期の、一場面であろうか。