小説の樹々21年07月
夏の終わりの夜は蒸し暑くて、どこからか花火の匂いがした。空を仰ぐと百日紅の赤が夜目に鮮やかに映る。その向こうには小さな星が幾つか瞬いていて、明日も晴れだと言っている。酔った勢いで美晴の手を掴み、子どものようにぶんぶん振って歩く。鼻歌を歌うと美晴が笑ったから、私も笑った。他愛ない夏の一日だった。(「52ヘルツのクジラたち」町田そのこ)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
琥珀の夏(辻村深月)★★★☆☆/ISBN978-4-16-391380-3
株式会社文藝春秋社 第1刷 21年6月10日発行/21年07月06日読了
親と子を引き離し、子供達だけの教育環境を作り自立心を育てる一種のオカルト集団。その中で起こった事件に、大人たちは自らと組織を守るため沈黙した。そのためミカは沈黙の中に閉じ込められ、また、同時に組織に囚われる身となった。その心を氷解させたのは幼い頃の友情。それなりの贖いはあるにしても、真実を吐露し解放されほっとする。
たった、それだけ(宮下奈都)再読★★★★☆/ISBN978-4-575-51961-7
株式会社双葉社 双葉文庫 第1刷 17年1月15日発行/21年07月10日読了
ただ優しい営業部長が、贈賄事件で失踪する。妻、娘、姉の人生に暗く波及する。しかし、少しずつ立ち上がってくる。最後に驚きの場面が出てきた。
夜空に泳ぐチョコレートグラミー(町田そのこ)★★★★☆/ISBN978-4-10-102741-8
株式会社新潮社 新潮文庫 第4刷 21年6月10日発行/21年07月23日読了
短編連作は、ある登場人物が別の短編に何気なく登場する、その意外な関連性が面白い。「今日は私の誕生日で、とてもいいお天気の日曜日だから、死ぬにはぴったりの日だなと思った」と、初めからオッと思う。随所にヒリヒリとする表現があり、なかなか面白く読めた。