小説の樹々21年12月

夏の終わりの夜は蒸し暑くて、どこからか花火の匂いがした。空を仰ぐと百日紅の赤が夜目に鮮やかに映る。その向こうには小さな星が幾つか瞬いていて、明日も晴れだと言っている。酔った勢いで美晴の手を掴み、子どものようにぶんぶん振って歩く。鼻歌を歌うと美晴が笑ったから、私も笑った。他愛ない夏の一日だった。(「52ヘルツのクジラたち」町田そのこ)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

星を掬う(町田そのこ)★★★☆☆/ISBN978-4-12-005473-0

株式会社中央公論社 初版 21年10月25日発行/21年12月02日読了

娘を捨てた母、母を捨てた娘。再会しても容易くは和解できない。和解する手段も分からない。被害者として傲慢になり、傷付けあうだけになる。甘えているから、自分でもわかっているから、融解する余地はある。自分が失われていく時間がない中で、時間がもう少し欲しかっただろうと思う。

最近、空を見上げていない(はらだみずき)★★★☆☆/ISBN978-4-04-101084-6

株式会社KADOKAWA 角川文庫 初版 13年11月25日発行/21年12月08日読了

普通がいかに大切なことか。特段の才能も技能も持っていない普通の人がほんのりと生活する。自分なりの小さな夢を持ち、日々を過ごしていても、それなりに揺れはある。ゆったりと落ち着く本である。

海が見える家逆風(はらだみずき)★★★☆☆/ISBN978-4-09-407058-3

株式会社小学館 小学館文庫 初版第1刷 21年09月12日発行/21年12月11日読了

「海が見える家」三作目。前回比較的順風満帆の田舎暮らしになってきたと思っていたが、台風がすべてを破壊した。それでも頑張る文哉の生き方が涙ぐましい。すべてが新しい発見で、徐々に自然との共生に惹かれていく。老人ばかりになっていく田舎生活で、新しい若い文哉が生きる術を探していくことは容易ではない。幸吉が倒れた。これでは次回作を造らなければならないだろう。

いつかの岸辺に跳ねていく(加納朋子)★★★☆☆/ISBN978-4-344-43109-6

株式会社幻冬舎 幻冬舎文庫 初版 21年8月5日発行/21年12月16日読了

前半の「フラット」では幼馴染の青春物語、だが、兆候は紛れ込まされている。後半の「レリーフ」ではなぜこのような生き方しかなかったか、その理由が明らかにされる。自分だけで解決しようとしたが、ささやかな抵抗でしかなかった。

震える天秤(染井為人)★★★☆☆/ISBN978-4-04-108549-3

株式会社KADOKAWA 初版 19年08月30日発行/21年12月25日読了

だいぶ回り道をした。何か引っかかりを感じ、その違和感をたどっていくと徐々に真実が明らかになっていく。ただし、これが事件か事故かは曖昧である。これを明らかにするか不問に付すか悩ましいところだが、明らかにしてどうなる。