小説の樹々22年04月
夏の終わりの夜は蒸し暑くて、どこからか花火の匂いがした。空を仰ぐと百日紅の赤が夜目に鮮やかに映る。その向こうには小さな星が幾つか瞬いていて、明日も晴れだと言っている。酔った勢いで美晴の手を掴み、子どものようにぶんぶん振って歩く。鼻歌を歌うと美晴が笑ったから、私も笑った。他愛ない夏の一日だった。(「52ヘルツのクジラたち」町田そのこ)
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
母の待つ里(浅田次郎)★★★☆☆/ISBN978-4-10-439406-7
株式会社新潮社 22年01月25日発行/22年04月05日読了
1泊2日で50万円、交通費は自腹、かなり高額の旅行である。レンタル母と実家、故郷。母も村の人たちも商売としてエキストラになり話を合わせてはいるが、当然双方とも虚偽であることは承知している。不思議なバランスの上に時間が流れる。現代人はそこまで希求する渇望感が笑えない。
平場の月(朝倉かすみ)★★★★☆/ISBN978-4-334-79265-7
株式会社光文社 光文社文庫 初版1刷 21年11月20日発行/22年04月18日読了
中学で同級生だった二人が50歳になって出会い、二人とも今は独身。しかし須藤は癌に罹る。青砥は結婚したいが、須藤は頑なに拒絶する。二人の距離感がなんとも言えず中途半端だが近しい。相手の気持ちは理解している大人同士、甘えたいけど甘え切れない。一年の間離れようと提案し、その間に須藤は死ぬ。死んでも連絡はなかった。後悔はなかったか。