小説の樹々22年11月

バラには様々な咲き方がある。一季咲きなら春のみに花を開くが、返り咲きなら春の開花の後、夏、秋にも若干花を付ける。四季咲きのバラは春夏秋と咲き続け、温度管理さえすれば冬でも咲く。玲子は冬バラが嫌いだった。葉が半ば落ちて棘が目立つ枝にしがみつくようにして花を咲かせる。その花が鮮やかであればあるほど、なんだか惨めで潔くないと感じたからだ。無論、この様子を健気だとか孤高の美だと言う人もいる。だが、玲子には冬バラがお高くとまって見えた。・・冴え冴えとした冬の青い空の下、真っ赤なバラが一輪風に揺れている。まるで玲子をあざ笑うかのようだ。逃げても無駄。おまえもあたしと同じ、と。玲子は思わず震えた。きっと今も怖い顔になっているだろう。わかっているのに抑えられない。・・木枯らしが唸りを上げて耳元をかすめていった。冬バラが激しく揺れた。玲子はじっと血の色をしたバラをみつめていた。(「イオカステの揺籃)遠田潤子)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

145gの孤独(伊岡瞬)★★★☆☆/ISBN978-4-04-389702-5

株式会社KADOKAWA 角川文庫 第27刷 21年12月20日発行/22年1110月日読了

危険球デッドボールを出し野球をやめた倉沢は、酒場であった戸部に誘われ何でも屋を始める。あるとき客の態度から戸部に疑惑を持つ。また、同時に驚愕の事実が表面化する。しかし、ゆっくりと癒す救いが見える。

イオカステの揺籃(遠田順子)★★★☆☆/ISBN978-4-12-005568-3

株式会社中央公論社 初版 22年09月10日発行/22年11月30日読了

物語全般に漂う嫌悪、悪意、狂気、読み進めながら座り心地の悪さを感じる。身勝手な誠一、ボンボンの英樹、バラに熱中する恭子、家出した玲子。家族がバラバラでそれぞれあらぬ方向を見ている。恭子は、「あのとき5階から飛び降りていればよかった」と思ったかもしれない。結局母の生き様が娘にも影を落とす。恭子が自死すると、ゆっくりと回り始める。恭子の影響がいかに大きかったか。バラが怪しい空気を醸し出す。