小説の樹々22年12月

バラには様々な咲き方がある。一季咲きなら春のみに花を開くが、返り咲きなら春の開花の後、夏、秋にも若干花を付ける。四季咲きのバラは春夏秋と咲き続け、温度管理さえすれば冬でも咲く。玲子は冬バラが嫌いだった。葉が半ば落ちて棘が目立つ枝にしがみつくようにして花を咲かせる。その花が鮮やかであればあるほど、なんだか惨めで潔くないと感じたからだ。無論、この様子を健気だとか孤高の美だと言う人もいる。だが、玲子には冬バラがお高くとまって見えた。・・冴え冴えとした冬の青い空の下、真っ赤なバラが一輪風に揺れている。まるで玲子をあざ笑うかのようだ。逃げても無駄。おまえもあたしと同じ、と。玲子は思わず震えた。きっと今も怖い顔になっているだろう。わかっているのに抑えられない。・・木枯らしが唸りを上げて耳元をかすめていった。冬バラが激しく揺れた。玲子はじっと血の色をしたバラをみつめていた。(「イオカステの揺籃)遠田潤子)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

希望の糸(東野圭吾)★★★☆☆/ISBN978-4-06-528618-0

株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 22年07月15日発行/22年12月 日読了

ケーキ屋の弥生が殺された。しかし事情聴取であっさりと自供した。ページはまだ余っている。そこから事件の裏に隠された秘密が徐々に明らかにされる。東野圭吾らしく凝った秘密の連鎖である。しかしここまでやるか、と思うほど作り込みすぎる。松宮のことより、萌奈の生活をもっと負って欲しかった。

未来(湊かなえ)再読★★★☆☆/ISBN978-4-575-52487-1

株式会社双葉社 双葉文庫 第1刷 21年8月8日発行/22年12月19日読了

イジメ、虐待がベースにありながら、20年後の自分から手紙が来るという将来の期待と今の現実のギャップが対比される。最初に20年後の自分からの手紙「10才の章子へ・・・」は文庫本で9ページにも及ぶが、これを手紙にしたら数十枚の手紙になり、違和感を感じる。また、「篠宮先生の字と違う」と言っておきながらその答えはついになかった。良太はいかに頼まれたとはいえと放火の実行犯にするには無理がある。父の遺品のフローっピーディスク、エピソードⅢのような内容が書かれていたのだと思うが、人はこのような墓場まで持っていくと決めた話を子供に残すだろうか。読み直していろいろ違和感を感じた。

妻の終活(坂井季久子)再読★★★☆☆/ISBN978-4-396-34842-7

株式会社祥伝社 祥伝社文庫 初版第1刷 22年10月20日発行/22年12月26日読了

余命宣告される癌の場合、死期がある程度予測でき、事故や急性発作と違って、残される人達ともゆっくり話をすることができると言われる。反面、亡くなることが分かってそれを見つめ続けなければならない苦しさはある。キュブラーロスが唱えた「否認・怒り・取引・うつ・受容」の段階を明確に進まず、杏子は比較的早く受容段階になって、残される廉太郎の生活を心配する。廉太郎は団塊の世代の男性の典型で、家事は一切できない。死ぬ前に一人で生活できるように家事教育をするのが、この本の主題。合わせてギクシャクしていた娘たちとの緩やかな回復。しかし、全部が全部このパターンはないだろう。死に方も人それぞれで、人の数ほどあるのあろう。再読だったが、改めて新たな気持ちで読んだ。