小説の木々9年9月
読書の秋でもないが、比較的順調なペースで読破している。実際こんなに読んでどうなのかはあまり意識していない。最近通勤経路が変わったことも影響しているようだ。ただ、次々に買い込んでくる本の始末には困ったものである。いつの間にかずらっと本が並んでしまう。いつか古本屋に引き取ってもらうときが来るのだろうか。
「かくれみの」の読書歴
蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)
永遠の仔(四)抱擁(天童荒太)
幻冬舎 幻冬舎文庫 7版 07年12月25日発行/09年09月読了
三人とも過去を引きずり不器用にしか生きられない。放火と殺人の嫌疑を掛けられた優希の弟聡志は逃げる途中交通事故で死ぬ。「葬祭場の庭には、キンモクセイの甘い香りが漂っていた。志穂のときに、満開だったサルスベリの花は、すでに散り、キンモクセイの黄色い花とニシキギの赤く色づいた葉が、庭に映えている」失意の優希が勤め先の病院に顔を見せると、患者の看護が有無を言わせず優希を元の仕事に戻す。それがむしろ救いであった。「中庭のハナミズキの葉が、すべて紅く変わっていただけでなく、はや下に落ち始めているものもある」
養父母に横浜を案内する梁平。「三人で外人墓地を見学したあと、港の見える丘公園のほうへ歩いた。葉の落ちた樹木が多いなか、サザンカは真っ赤な花を咲かせているのが、目をひいた」「イチョウ並木がつづく人けのない道を港のほうへ向かった。イチョウは、葉の半分以上が枯れ落ちて、歩くたびに、道の上の枯れ葉がかさかさと乾いた音をたてた」養母の言葉が支えになった。甘えることを自分に許したい。しかし、梁平が奈緒子のもとにいったとき、奈緒子はすでに冷たくなっていた。
永遠の仔(五)言葉(天童荒太)
幻冬舎 幻冬舎文庫 9版 09年1月25日発行/09年09月読了
「タンクの背後にある白梅が満開で、周囲に甘い香りが漂っていた」三人揃って双海養護学校を卒業する。その卒業登山に父兄とともに行く。「登山道が急に翳った。低い茂みから、ブナやミズナラなどの高い樹木が並ぶ林のなかへ入っていった」ガスが出た落石注意の場所で、優希の父雄作を突き落としたのは、笙一郎、梁平ではなかった。「照明灯で照らされているハナミズキの木も、葉がすっかり落ち、裸の幹や枝がいかにも寒そうに見えた」
梁平は三人がすべてを語り互いに支えとなった養護学校の裏山に行く。笙一郎はこう言った。優希もこう言ってくれた。「生きていてもいいんだよ。おまえは・・・生きていてもいいんだ。本当に、生きていても、いいだよ」
永遠のゼロ(百田尚樹)
講談社 講談社文庫 第1版 09年7月15日発行/09年09月読了
「『一度でいいから、美味しい大福を食べたい!命を懸けて戦っているんだ。大福くらい食わせてもらってもいいだろう』東野二飛曹の冗談に、全員が笑いました。その日の夜、夕食に、大福餅が並んでいました。東野二飛曹の声を聞いた烹炊員たちが一生懸命大福餅をこしらえてくれたのです。しかし夕食の席に東野二飛曹の姿はありませんでした」
「特攻隊は自爆テロのテロリストと同じ構造だ」という姉の恋人の新聞記者高山に健太郎は納得できないものを感じた。健太郎は特攻隊で死んだ実の祖父宮部久蔵のことを調べていくうちに、「生きて必ず生きて帰る」言った天才パイロットでありながら臆病者と言われた祖父、彼はなぜ志願して特攻で死んだか疑問を持つ。終戦の一週間前、特攻隊に選ばれた祖父は、自分の載る新型の零戦52型と一緒に特攻に行く乗員の旧式の21型と飛行機を交換した。祖父は死に、飛行機を交換した乗員は生き残った。
高山のテロリスト論を徐々に覆し、戦時中とはいえ、そこにある家族愛へと昇華させていく。一機の零戦がハリネズミのような米国艦船の対空砲火を縫って甲板に激突する。抱えた爆弾は不発だった。艦長は息子を真珠湾攻撃でなくしていた。爆発していたら多くの部下をなくすかもしれなかった。しかし、彼はこの男の遺骸を仕官の挙手の礼をもって手厚く水葬する。
蚊トンボ白髭の冒険(上) (藤原伊織)
講談社 講談社文庫 第1版 05年4月15日発行/09年09月読了
はっきり言って娯楽本ですね。藤原伊織好みの女性型真樹は出てくるが、なぜここで蚊トンボが出てこなくてはならないのか。下巻もあるのでまずは読み終えるつもりだが・・・
蚊トンボ白髭の冒険(下) (藤原伊織)
講談社 講談社文庫 第1版 05年4月15日発行/09年09月読了
解説には「重厚にして周到なドラマ趣向が凝らされたこの著者ならではの傑作」とあるが、処女作の「ダックスフントのワープ」は同じファンタジーでも深みがあった。同著者の「雪が降る」(紅の花)の堀江は死ぬことも承知で出かけた気持ちは分かるが、一般人の達夫が狂人カイバラとの決闘に勝算もなくあえて行くのは最初から死ぬ気だったのか。これは藤原伊織作としては個人的にはつまらなかった。
無用の隠密(藤沢周平)
文芸春秋社 文春文庫 第1版 09年9月10日発行/09年09月読了
藤沢周平の本は昨年ほとんど読んだ。これは藤沢周平が本格的作家デビュー前に書いた15編。確かに稚拙な所はあろうがやはり藤沢周平である。ときおり「アレッ、これは読んだことがあるな」と錯覚するところは、同じ題材で書き直したのを読んだから。デビュー前とは言え、藤沢周平を十分楽しむことができる。自然描写もいい。「古い軒を並べる温泉宿に、のしかかるように迫ってきている絶壁の上に、桐や漆や櫨が、血の色を滴らせ始めた。夏の間、城下から涼を求めて集まってきた人人の姿も、いつの間にか消えたようにいなくなり、村は急に淋しくなった。それは、もとに帰ったようにも見えたが、それよりも、何かを失ったようにも見えた」「澄み渡った秋空だった。田圃が断れて、道は日射しが樹の枝を透かしている明るい雑木林に入った。すると、急に涼しい風が吹き通り、汗ばんだ首筋のあたりがたちまち冷えた。林の中を、冷ややかな、それでいて乾いた秋が占めているのだった。楢や、えごのきの雑木に、時折欅や松の巨木を混えた林の中には、すでに黄ばんだ落葉さえ散らばっていた」「北国の春は遅い。そして鳥海山のなだらかな広大な斜面には、春はもっと遅く訪れる。麓の平野に桜が散り、辛夷や李など、五月の白い花が村村を埋めるころに、春は突然のように漠漠と広がる山毛欅の森や、楢の林、黒い岩陰、乾き、河床を見せている谿川のそばに姿を現すのである」
肩越しの恋人(唯川恵)
集英社 集英社文庫 第12版 07年7月8日発行/09年09月読了
02年第126回直木賞受賞作とあるので、少し期待したが、随分あっけらかんとした物語である。主人公は、誰も信用できない特に自分を信用できないと言う萌ではなく、離婚暦3回のるり子ではないか。「私は自分の気持ちに正直なの。欲しいものは欲しいの。それをごまかしたりできないの。言い換えれば純粋ということよ」「あれも欲しいこれも欲しいっていうのは自分の気持ちに正直なんじゃなくて、単なる欲望を抑えられないだけさ。理性ってもんがない点、サル以下だね」「サルですって」「純粋っていうのは、あれもいらないこれもいらない、欲しいのはただひとつ」言い負かされたるり子は、この同姓にしか興味のないリョウに惹かれて行く。「風が耳の裏をひんやりと撫でて、辺りはすっかり秋の気配に満ちていた。白っぽく光る大きな花を見つけて、萌は思わず足を止め、覗き込んだ」月下美人である。「夜はいつだって、朝を連れてくる約束を果たす」