小説の木々9年11月

 見下ろす中庭にの木々はだいぶ葉を落としていた。もうじき当たり前に冬がやってきて、春がやってきて、やがてその季節の中に有馬さんはいなくなるだろう。それでも当たり前に夏がきて、また、秋が訪れて、何度も当たり前に繰り返される季節の中に、いつか僕もいなくなるのだろう。やがて死んでいく人間なんてどこにもいはしない。そこにはただ、今を生きている人間がいるだけだ。(MOMENT本多孝好)

「かくれみの」の読書歴

蔵書を整理した。中学校の頃から読書を始め、最初に読んだ文庫本は伊藤左千夫の「野菊の墓」だったと記憶している。確かS.Oさんから借りたものではなかったか。今から思えば、本を貸してくれたことは実は告白だったか?学生の頃は電車通学で文庫本を読んでいたが、例外なく太宰治、芥川龍之介、志賀直哉、夏目漱石あたりから始め、三島由紀夫、福永武彦、立原正秋等へといった。借りて読むのは好きではなくほとんど購入していた。三浦哲郎の「忍ぶ川」はいつごろ読んだのだろうか。しかし、家でボヤをだし、この時代の蔵書は水浸しで全部捨てた。会社に入ってからは読書の習慣がしばらく絶えて電車の中ではビックコミックを愛読していた。いつの頃からか再び読み始めているが、多少金銭的余裕もできてハードカバーも購入し始めた。気に入った本があると同じ著者物を続けて読む傾向もある。当然ながらいつの間にか本が山積みになり始めた。でも捨てきれないでいる。(本棚左下の家マークをクリックするとマイ本棚へ)

レベル7(宮部みゆき)

株式会社新潮社 新潮文庫 第66刷 09年4月20日発行/09年11月読了

 文庫本650ページもの長編ながら、4人の殺人事件の悲惨、遺族の無念さがまったく感じられない。最後に犯人が長々と謎解きをさせるのはどうした訳か、ストーリの展開、逆転に懲りすぎ。出来事、経過の説明に終始しすぎる嫌いがあるし、無理な展開がある。「理由」「火車」「模倣犯」までであろうか。

転落(永嶋恵美)

株式会社講談社 講談社文庫 第4刷 09年10月15日発行/09年11月読了

 預かった義姉の子供を交通事故で死なせ、隣の子を殺し「嘉之ちゃんをお返しします」と義姉の玄関先に置いてくる和美。自分の息子を殺したその和美を匿い徐々に追いつめられていく律子。なぜ加害者より被害者が責められなけらばならないのか。

朱夏(宮尾登美子)

株式会社新潮社 新潮文庫 第14刷 08年8月10日発行/09年11月読了

 以前藤原ていの「流れる星は生きている」を読んだ。同じく戦後の中国からの引き上げの物語である。流れる星・・の方が帰国に際しての苦労は過酷であったように記憶している。しかし、人生観・価値観を一変させた難民生活、自分だけがと考えることは少しもエゴではなかった。よくぞ生きて帰ったと思うばかりである。「歩いているいるうち綾子は少しずつ心が軽くなり、四囲を見廻すゆとりもでき、その目で見れば道の辺の植物はいっせいに緑に萌え立っている。春まっさかりの候で、ところどころ用水のための溜池のわきに茂っている楊柳は、とりわけ目に沁みるほど美しく眺められる」家族三人が無事に日本に帰ることができると実感したときだった。

12星座の恋物語(角田光代&鏡リュウジ)

株式会社新潮社 新潮文庫 初版 09年6月1日発行/09年11月読了

 重たい本が続いていたので息抜きに軽めの本を選んでみた。星占いに興味があったわけではないが。「コーヒーの空き缶を拾い上げゴミ箱に捨てる。鼻先を何かくすぐられる気がして、その姿勢のままみなみは視線を上に持ち上げる。空き缶用のゴミ箱の後ろに民家のブロック塀があり、そこから梅の枝がこぼれるように広がっていた。白と赤の花が、夜にひっそりと咲いている」「『あなたに言わなきゃいけないことがあるの』受話器をかたく握りしめて私は言った。うち明けるなら今しかないような気がした。しかし、私が話し出す前に、彼は言った。ひどく静かに。『それなら話さなくていいよ。きみが話してくれようとした、それだけで十分だから』と。『え?』私は彼の言葉をもう一度反芻して、そしてそっと訊いた。『ひょっとして、私が何を話そうとしているか知っているの?』『うん、たぶん』困ったような声が聞こえた。そして『でも、終わったんだろう』とつけ足した」(蠍座)

黒い画集(松本清張)

株式会社新潮社 新潮文庫 第69刷 09年7月20日発行/09年11月読了

 「橅(ブナ)、栂(ツガ)、樅(モミ)の林の中をあるいた。川は経から離れ、崖の下から音だけがしていた」単に林の中ではなく、樹名が書かれているとそれらしく想像できる。「暗い中を、その黒い影に向かって駆けだした。垣根の杉が鼻に匂ったのは平常にないことで、やはり感情が激動しているときは、感覚も瞬間的に妙に鋭くなるものとみえた」二十数年間爪に火を灯すように倹約して蓄えた金も、小さいながら堅実だった商売も、家庭も失った。しかし後戻りはできなかった。「残っているのは、若い身体をもってこの女だけである」

悪人(上)(下)(吉田修一)

朝日新聞社 朝日文庫 第1刷 09年11月30日発行/09年11月読了

 殺人を犯したから悪人と言うのではなく、犯罪者と悪人は意味が異なる。もし・・だったら、もし・・れば、と「たられば」と思ってしまうが、石橋佳乃の嘘と軽率な行動で始まり、ボタンを掛け違い、すべてが大きく悪い方向に膨張していく。世間ではよくあるにしても、携帯サイトで知り合った者通しの恋愛は一概に偽者なのか、あまりにぎこちなく不器用だからこそ、本物だったから悲惨なのか。最後に祐一が光代の首筋に手をかける。これが祐一の最後にできる佳乃への優しさなのだろうか。それでは誰が一体悪人なのか。

WILL(本多孝好)

株式会社集英社 第2刷 09年10月27日発行/09年11月読了

 「どうせ男を紹介するなら、死んでる男を紹介してくれ、死にたてのぴちぴちを。そっちのほうがありがたい」森野未来の仕事は葬儀屋。「墓の向こう、墓所の縁に白い小さな蘭のような花が咲いていた。あの日、墓の向こうには赤い椿が咲いていた。そう思えば、この墓所にはいつも何かしらの花が咲いている。もう十年以上、この墓に参りながら、私はそんなことにすら気がつかなかった」十八のとき両親は事故で死んだ。それから十一年、葬儀屋を継ぎ、これでいいのかといつも何かに迷いながら生きてきた。いつまでも待つという神田の思いを受け入れられなかった。「残せばいいのだ。燃え尽きることのない思いはこの世に留めて、この世に残ったものがしっかり拾えばいい」と気づいたとき「私はこいつと行きます」と両親に向かっていう。

誓いの夏から(永瀬隼介)

株式会社光文社 第2刷 09年2月20日発行/09年11月読了

 凄まじくて、割り切れない思いがする。19年前の「何があってもおまえを守ってやる」という誓いを果たすべく、慧一は杏子の前に現れる。慧一の人生が、ただそのためだけの人生であるかのように。何も報われず、こんなに純粋になれるのか。それでは杏子の事件後の人生は一体なんだったのだろうか。

MOMENT(本多孝好)

株式会社集英社 第11刷 09年11月7日発行/09年11月読了

 「遠く満開の桜の下。暮れかけた日を背にゆっくりと歩く二人の姿は、今でも僕の脳裏にある」僕は仕事人の居ない間の善意の掃除夫だった。「そして、ふと思い出す。舞い散る桜の季節、艶やかさだけを記憶に残し、粛々と逝った老女の姿を」死を前にした人々の願いを叶えてくれるという、たった一つ、つまり、死を前にした患者に死を与えてくれる必殺仕事人の噂が病院内に流れていた。「最後のお願い。もしも今年と同じように夏がきたら、そのときは私を思い出して」そのとき僕は、そう、たぶん上田さんを思い出すだろう。その町にも蛍は舞っているだろうか。