小説の木々11年05月

JR四ッ谷駅の二番線ホーム、新宿寄りに大きな枇杷の木がある。一年中濃い緑の葉が繁っていて、初夏には黄色の実が房のようになる。木戸礼治(60歳)は立ち止まって眺めては、これまで何度となく心なぐさめられてきた。初めてこの枇杷の木を見たのは、十八年前のことだ。(「にじんだ星をかぞえて」上原隆)

砂の器・上下(松本清張)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第104刷 11年2月10日発行/11年5月8日読了

 映画のポスターが遍路旅の姿をしていたので遍路旅に持参した。また読書前にDVDを借りて観た。DVDは原作を大幅なカット、改修で俳優もイマイチ、思ったほどの出来でもなかった。今西がトコトン追って追って追い詰めていく姿は執念だが、ミュージック・コンクレート、超音波殺人は興味本位に発散しただけ、もっとすっきりとしたほうが迫力が出たと思う。題材の割りに盛り上がりに欠ける。「銀杏の木が高いところで葉を繁らせている。光を含んだ夏の眩しい雲が、その上にかかっていた」「クヌギ林の梢に黄ばんだ葉が見えている」

看守眼(横山秀夫)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 初版 09年9月1日発行/11年5月10日読了

 秘書課の男、「同じ思いをしなきゃ、わからないものな」ズシリと来る。今回は比較的軽い短編物。

阪急電車(有川浩)★★★★☆

株式会社幻冬舎 幻冬文庫 第16刷 11年4月20日発行/11年5月12日読了

 こういう作品は無条件でいいですね。暖かくて微笑ましくって、ちょっとぐさりとして。出演者の皆に応援したくなります。

影踏み(横山秀夫)★★★☆☆

株式会社祥伝社 祥伝社文庫 第10刷 07年11月20日発行/11年5月16日読了

 いつもは警察側からの物語だが本書は珍しく犯罪者側。死んだ双子の弟が頭の中に棲み付いた。母は犯罪を犯す弟を嘆き無理心中で放火した。修一は刑務所を出所後、盗みに入った家の女房の殺意を確認しに謎を追っていくことから始まり、徐々に弟の死の深みに近づいていく。修一がその技術を生かし、サンタクロース役を頼まれた頃から、頑なだった修一の心に変化があわられ、ミステリーだけではなくなる。

風花(川上弘美)★★★☆☆

株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 11年4月25日発行/11年5月22読了

 帯の「結婚しなければよかったのに、わたしたち。結婚しなければ、もっとちゃんと好きになっていたのに」というフレーズに惹かれて買ってしまった、それって何なのと。のゆりはまるで意志を持たない、何も決めようとしない。卓哉は戻って来るのに何の矜持もないのか。どうしようもない二人の壊れた関係は果たして接着剤でくっつけられるか。

闇の穴(藤沢周平)★★★☆☆

株式会社新潮社 新潮文庫 第52刷 11年5月5日発行/11年5月23日読了

 これは一度読んだことがある。藤沢周平の文庫本はほとんど眼を通したが、「小川の辺」が映画化されると聞いたので思い出しながら読み返した。「小川の辺」、武士の娘ならば家のしがらみや諦念は分かるだろうに、映画化するならもう一捻り欲しいところ。「五間川の川端の道を歩いている。岸に柳が芽吹いて、川の水は西に傾いた日を写して鈍く光っていた」「あたりはもの憂い晩春の風景に返った。物音もなく、時折柳の木が髪をふり乱すように枝を打ちふり、新葉が日に光るだけである」「人影は疎らで、道を時どき風が吹き過ぎた。すると土堤の草むらと、柳の新葉が一せいに風にひるがえり、まぶしいほどに日を弾いた」

移動動物園(佐藤泰志)★★★☆☆

株式会社小学館 小学館文庫 初版第1刷 11年4月11日発行/11年5月25読了

 芥川賞候補5回ノミネートながら未受賞は惜しい。今年芥川賞を受賞した「苦役列車」と良く似た環境設定である。「移動動物園」では保育園を廻る施設動物園の飼育係、「空の青み」ではマンション管理人、「水晶の腕」では木製梱包材の切り出し屋。とても将来が見えるものではなく、その日その日を余り深くも考えずに生きている。青春の渇望と虚無感がそれぞれににじみ出る。「達夫は道子の手に乗っている絵本から眼をそらして窓の外の銀杏並木にまた眼をやった。豊かな葉をつけて揺れている銀杏の並木はまるで、視界を柔らげるための緑の帯のように通りに続いていた」ショッキングな不用になったウサギとモルモットを殺す場面では、「残りのウサギ一匹とモルモット二匹を殺すあいだも、道子は石榴の重なりあった濃い緑の葉の下に立っていた。葉で顔が半分隠れ、ちょうど道子の頬の場所まにまるでオレンジ色の痣のように柘榴の花が咲いていた」「海炭市叙景」がよかっただけに、41歳の自死が惜しまれる。

きことわ(朝吹真理子)★★★☆☆

株式会社新潮社 初版 11年1月25日発行/11年5月26日読了

 佐藤泰志からではないが、買い置いていた芥川賞受賞作を読む。夢か現か、不思議な印象を感じるが、もちろんどこまでが夢で、どこまでが現実はさほど重要ではない。長いときの流れを下敷きに、25年後の空白をおいてつながる過去と現在。変わったものと変わらないもの。覚えていたもの忘れたもの。すべてが夢であったかのような儚げな時の流れを感じた。
 「居間からひろがる一面の庭、柳に美男葛、百日紅、名を知らない丈高な草木がきりなく葉擦れし、敷石の青苔は石目をくくむ。はやばやと葉を落とした裸木のあるところは光線がじかに落ち、土がひかりを吸う。庭の奥はひときわ野放図に枝枝がかさなっていく」

(横山秀夫)★★★☆☆

株式会社徳間書店 第20刷 10年9月20日発行/11年5月29日読了

 婦警平野瑞穂、監察官からは「県警のトラブルメーカ」と言われながらもなかなかの活躍。警察機構の表舞台とは違って、それなりに楽しめる作品でした。