小説の木々11年07月

写真集を集めたコーナーで次々と本を取り出し、サンゴ礁に棲む生き物や、山や、森林を眺めて、しばらく時のたつのを忘れている。降雨の風景ばかりを撮った一冊が特に気に入って、何度も繰り返し見入る。ページの間から雨のにおいが立ち上ってくる。樹木やアスファルトを打つ雨滴のざわめきに包まれていると、そのまますうっと写真の街へ入り込んでいけそうな錯覚に襲われる。永遠に雨が降っているそこでは、ものの輪郭はすべて柔らかい銀色に煙っている。(「彼女がその名を知らない鳥たち」沼田まほかる)

刑事のまなざし(薬丸岳)★★★☆☆

株式会社講談社 第1刷 11年6月30日発行/11年7月2日読了

 10年前通り魔に襲われ娘が植物人間となったことがきっかけで、少年の保護矯正をしていた法務技官の夏目は、人を疑う職業である警察官に転職する。もっとも警察官らしくない警察官を評されながらも、徐々に夏目らしい警察官になっていく。少し犯罪の解決が容易すぎる嫌いがあるが、短編集の面で致し方ないところもあるだろう。しかし、やりきれない犯罪ばかりである。「そんなことを希(のぞみ)ちゃんに伝えたいのか」、夏目の叫びだった。復讐心は辛い感情ですね。

誘拐の誤差(戸梶圭太)★☆☆☆☆

株式会双葉社 双葉社文庫 第7刷 11年2月8日発行/11年7月5日読了

 破格の警察小説?殺された少年の霊が事細かく実況中継する展開の中、どうしようもない警察組織はあらぬ方向へ邁進する。霊を出す手法でなくてもいいのでは。心の中はめちゃくちゃで、やるせなく寒々とした心象風景でした。

放火/アカイヌ(久間十義)★★★☆☆

株式会角川書店 角川文庫 第4版 09年10月10日発行/11年7月8日読了

 2001年9月1日午前一時ごろ新宿歌舞伎町で起きた火災がもとで44人が犠牲になった事件があった、これが下敷き。あのとき私は上野にいたが。放火犯を捕まえるより池袋中央署の生活安全課と業者の癒着を一掃する方に力点が置かれ所轄の面々は悶々としていた。生活安全課を処分してもいずれまた別組織が甘い蜜に群れる。風営法の認可も監視も警察というのはいかようにもなる方手落ちの組織体制である。東都タイムス社会部の記者美津野の活躍が、捜査方針に逆らい犯人を追い詰めていく。

太陽の坐る場所(辻村深月)★★★★☆

株式会文藝春秋 文春文庫 第4刷 11年6月10日発行/11年7月15日読了

 天岩戸(あまのいわと)に引き篭った天照大神になぞらえ、元三年二組の級友達がキョウコを岩戸から出す算段をする。なぜ名前がカタカナのキョウコかは追々分かってくる。しかし、岩戸を開けようとした級友は一人、また、一人と去っていく。「扉はどこにもなく、太陽はどこにあっても明るい。いつか私は自由になるだろうか」高校卒業後十年の後、これでやっと卒業なのかもしれない。

最後の一日(リンダブックス編集部)★★★☆☆

株式会泰文堂 初版第1刷 11年5月4日発行/11年7月18日読了

 泣ける話シリーズだが、ちょっといい話くらい。油断していました。喫茶店のカウンター、従業員のいる前で読んでいて、不覚にも急にポロリときました、「日本一、やさしい日」。小学四年生になる香奈恵は、脳腫瘍の手術で視力を失うことになった。手術までの2ヶ月の間、きれいな景色を見せておこうと、富士山を含め父母はあちこちの山に連れて行き、香奈恵が好きだったスケッチをさせる。手術の前日、香奈恵は今日は二人の顔を見ていたいと言う。そして2冊になったスケッチブックを見せる。そこに描かれていたのは、一緒に行った山の風景のスケッチではなかった。私もすっかり山のスケッチかと思っていたので油断した。

ファントム・ピークス(北林一光)★★★★☆

株式会角川書店 角川文庫 第6刷 11年5月25日発行/11年7月21日読了

 パニック物、といえば簡単だがジェラシックパークの流れだがそれほど荒唐無稽ではない。「それ」の正体もいずれはバラスにしても、随分引っ張ってあり、それなりに緊張感がある。その分引き込まれた怖い話です。動物保護と農業被害との軋轢も簡単な問題ではなく、テーマの伏線にある。

夕映え天使(浅田次郎)★★★☆☆

株式会新潮社 新潮文庫 第1刷 11年7月1日発行/11年7月24日読了

 「夕映え天使」に出てくる二人の男がいい。同じような境遇で、女を女房にしたいと思うと忽然と出て行ってしまい、ある日警察から身元不明者の連絡があり、同じように確認にくる。警察を出るとこれも同じように「違った」と親に電話をする。「特別な一日」はSFまがい。「丘の上の白い家」は最後の手紙(遺書)は実際には渡されてはいないのだろうが、最後に出てくるのは最後のネタばらしのようで少々興ざめ。全般的に深刻にはならない、軽い感じのする短編集。

宙ぶらん(伊集院静)★★★☆☆

株式会集英社 集英社文庫 第1刷 11年6月30日発行/11年7月30日読了

 伊集院静のエッセイ集のような趣である。ただ、人生の一コマをスパッと切ってみたような一面、一瞬の輝きであろうか。短編らしい味わいであった。