小説の木々11年09月
春だなあ、と改めて思う。ヒバリがどこかで鳴いている。由緒ある名刹にふさわしい広い庭では、花の主役が梅から桜に移り変わるところだった。ふだんは季節のことなんて意識しない。寒いか、暖かいか、暑いか、涼しいか。それだけで十分だ。でも、ときどき、いまみたいに、ふだん行かない場所に行き、ふだんは歩かない道を歩いていると、ふうっと吹きわたる風を感じるのと同じように季節を感じる。なじみない風景が新鮮だからなのだろうか。それとも、寄り道をするだけでも気持ちに余裕が生まれるからなのだろうか。(「峠うどん物語」重松清)
峠うどん物語(上/下)(重松清)★★★☆☆
株式会社講談社 第1刷 11年8月18日発行/11年9月1日読了
「ガードレールの代わりに花壇や植え込みが設けられている。樹木や花の多い町だ。サザンカが咲いている。街路樹のケヤキは、まだ葉をたっぷり残していて。金色の炎が燃え上がっているように見える」市営斎場前にあるうどん屋の物語。亡くなったひととの関係がそれほど深くない参列者は、お浄めの席には顔を出さず、焼香だけで斎場をひきあげる。でも、そんなに簡単に気持ちは切り替えられない。ワンクッション置きたいときだってある。ただし、深酒をするとやりきれない思いが増してしまうし、腰を落ち着けてしっかりおなかにたまるものを食べたい気持ちでもない。そうい人たちが来るお店。中学二年生のヨシコが店を手伝いをしながら、その場に身をおき人生の一端を覗く。最後は同じ学校の自殺した生徒の焼香にいき、自らがそのうどん屋の客となった。
夜去り川(志水辰夫)★★★☆☆
株式会社文芸春秋 第1刷 11年7月30日発行/11年9月2日読了
志水辰夫にしては随分中途半端な物語。恋愛小説ではないかとさえ思ってしまう。父の敵討ちのため出奔するが、時代が変わる中でその生き方に疑問を持ち始める。黒船がなんだというのだろうか、その深堀もなく軽く話は終わる。
敵討(吉村昭)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 04年12月1日発行/11年9月4日読了
敵討ちの本が続いた。江戸時代には武士の誉れとされた敵討の実際のところ割り切れなさが残る。敵に会う機会も稀でまさに千載一遇であり、このための過酷さも多い。本編の「最後の仇討」はTVドラマで観たが、少し原作をいじっていて、物語としてはTVドラマの方が良かったように思う。以下、本篇にはないTVドラマの筋。師と仰ぐ山岡鉄船(北大路欣也)は官吏で立場上手助けはできないが、六郎(藤原竜也)の隠した意志を見抜き何も言わず支援する。いかに親の敵とはいえ一瀬にも家族がおり、その妻、子がいる。そして、自らは妾となっても六郎を陰で心の支えとなり、金銭的にも助ける女中(松下奈緒)。もう一人の敵萩谷は狂って自殺し傷心の六郎が、今は誰もいない実家に戻るとその女中が待っている。吉村昭の史実に基づく小説は小説として、ドラマはこれはこれで良かった。
サイレント・ブラッド(北林一光)★★★☆☆
株式会社角川書店 角川文庫 第1刷 11年8月25日発行/11年9月13日読了
北林一光(きたばやし いっこう)は、ファントム・ピークス(原題「幻の山」)で第12回松本清張賞最終候補となったが、受賞を逃し次回作執筆途中で癌により享年45歳の若さで他界(2006年11月)。
超常現象だが、前作「ファントム・ピークス」の緊張感、盛り上がりがない。
どこから行っても遠い町(川上弘美)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 11年9月1日発行/11年9月27日読了
それぞれの短編が繋がり合って最後は話が元に戻って循環しているような錯覚。小さな町、ささやかでどこにでもありそうな平凡な生活をする人々。なんとはなしに、曰く言い難い空気と時間が流れている。
まゆみのマーチ(重松清)★★★★☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 11年9月1日発行/11年9月24日読了
東日本大震災に向けて、重松清の短編を「卒業ホームラン」とともに再編した版、1篇のみ新作。印税は全額育英会に寄付される。まゆみのマーチ、カーネーション、かさぶたまぶた。再読になるが、改めて読み直し忘れてしまった子供心を思う。大人のぶざまさ、やりきれなさも。
卒業ホームラン(重松清)★★★☆☆
株式会社新潮社 新潮文庫 第1刷 11年9月1日発行/11年9月26日読了
同じく東日本大震災救援の1冊。母の亡くなった日に始めて作った親父のモヤシ入りトン汁、ダシも取れてなく、水っぽい、お世辞にもうまいとはいえないトン汁が我が家の味になった。そして何かあるたびにこのモヤシ入りトン汁を啜る家族。亡くなった母を思う気持ちと家族の絆がモヤシ入りトン汁の味にあった。
三月の招待状(角田光代)★★★☆☆
株式会社集英社 集英社文庫 第1刷 11年9月25日発行/11年9月28日読了
ただ仲良しというのではなく、みんな学生時代を引きづり、脱しきれずにいる三十四歳の女三人と男二人。充留(みつる)の8歳年下の同棲相手の重治は言う。「なんか、あんたも、あんたの友だちも、なんかどっか、体の一部そこから出て行かないようなとこ、あんじゃん」しかし、誰も気がつきもしない。