小説の木々12年04月
お内儀のあけた雨戸のすき間から流れこむにぶい明るみが、赤茶けた部屋の中にかすかな青みを投げ込んだ。それは檐先の馬目樫の葉の茂みのせいだった。私はうつらうつらしながら、いつもきまってその青いいろのついた夢をみていた。「足摺岬(田宮虎彦)」
銀漢の賦(葉室麟)★★★☆☆
株式会社文芸春秋 文春文庫 第1刷 10年2月10日発行/12年04月01日読了
第十四回松本清張賞受賞作で、藤沢周平とは違った透明感があっていい。物語は3人の友情、十蔵は村人のため過酷な税のため命を掛ける、小弥太は藩の執政を司り死ぬ直前まで使命を全うする、源五はそうした友を助ける。それぞれが、それぞれに自分に課せられた運命を恨むでもなく自分の役割を果たしていく。老いてこそ分かることもある。「此生此夜不長好/明日明年何處看(この楽しい人生、この楽しい夜も永久には続くわけではない。この明日を、明年はどこで眺めることだろう」
身の上話(佐藤正午)★★★☆☆
株式会社光文社 光文社文庫 初版第1刷 11年11月20日発行/12年04月05日読了
ミチルは立石さんから5,000円、沢田さんから5,000円、初山さんから3,000円を預かり1枚300円の宝くじを買いに行く。立石さん、沢田さんには16枚で200円お釣、初山さんには10枚でお釣なし、宝くじは合計42枚。しかし、合計の13,000円で買ったため43枚買った。そのうち1枚が1等賞の200百万円に当たる。さて、誰のものか。人に頼まれて宝くじを買うべきではない。ミチルはズルズルと嘘に嘘を重ね故郷に帰ることもできなくなる。秘密はいずえばれる。これが高額当選者の幸福か。
Wの悲劇(夏樹静子)★★★☆☆
株式会社光文社 光文社文庫 第5刷 12年4月10日発行/12年04月09日読了
まさに緻密に計画された犯行で三転四転する。推理小説としては面白い。まず不思議な気がしたのは完全な偽装工作が警察に次々と容易に崩されていく。奥底にある民法891条が謎を解く鍵だった。
完全なる首長竜の日(乾緑朗)★★★★☆
株式会社宝島社 宝島社文庫 第3刷 12年4月13日発行/12年04月11日読了
冒頭こう始まる。「昔はイジュという樹の皮をすり潰して使っていた。でも今は青酸カリを使う」。ここからして不穏な空気が流れる。漫画家として成功した淳美が、自殺未遂で植物人間化した弟とコンタクトをするが、少しずつずれていくような感じを引きづりながら、徐々におかしな情景となっていく。サリンジャーがアクセント。どれが現実でどれが夢だか分からなくなる。これが本当に現実なのか試したくなる・・・と言って引き金をひく。
紙の月(角田光代)★★★☆☆
株式会社角川春樹事務所 第1刷 12年3月8日発行/12年04月16日読了
角田光代の普通の生活の中に潜む、あるいは誰の心の奥にもあるゾワッとする恐怖。「今の自分は本来の自分のほんの一部。その一部のまま年齢を重ねて、いつしか自分の一部分がすっかり自分自身になってしまうのではないか」という漠然とした不安と不満。「正文の言葉に梨花はちらりと違和感を覚えたが、何への違和感なのかはっきりとは分からなかった。」そんな違和感の積み重ね。また、正文、光太、沙織が、最初は与えられるものに遠慮していたのが徐々に当たり前のような顔をし始める。そして些細なきっかけから落ちる。1億円の横領をして何を失い、何を得たのかも自覚できずにいる。
わが母の記(井上靖)★★★☆☆
株式会社講談社 講談社文庫 第1刷 12年3月15日発行/12年04月18日読了
誰もが通る道、とはいえ肉親の死を目の前にして厳粛な気持ちになる。老いにはそれぞれ個性があり、人によって違うが、夫を忘れ子供たちを忘れ、幼児帰りをしていく母と、それを看取る子供たち。ただ一人、すべてを忘れ自分の世界に残された母。秋の夜、長男に「雪が降っていますね。」という。母はこのとき何処にいるのだろうか。
六つの手掛り(乾くるみ)★☆☆☆☆
株式会社双葉社 双葉社文庫 第1刷 12年3月18日発行/12年04月22日読了
物語上、林が6つの殺人事件に立ち会うのは仕方ないにしても、小手先の手品みたいなトリックを解いてみせる謎解き話で、ストーリー性も盛り上がりもなく、面白さがない。
斬(綱淵謙錠)★★★★☆
株式会社文芸春秋 文春文庫 第2刷 12年2月1日発行/12年04月26日読了
読み終えて「フッー」とため息が出る第67回直木賞作。7代250年の世襲で続けられた首切り家業が、明治という時代の流れの中で斬首刑が絞首刑に変わり消えていく。斬首が長く続けられた背景には、西洋のギロチン刑が「首切りのような残虐なことには意志を持たぬ機械に行わせることが人道的ではないか」と言われ採用されたが、反対に日本では「人間が単なる機械に斬首されることは当時の武士の美学としては絶対許容できない」という国民性がある。その過程で徐々に家族が壊れていく様が、父の若い妻素伝(そで)を底辺に、首切り家業の精神的苛酷さと、時代背景と物語の中で救いがないように思える。(漢字が難しく苦労する)
ヒトリシズカ(誉田哲也)★★★☆☆
株式会社双葉社 双葉文庫 第1刷 12年4月15日発行/12年04月29日読了
警察の面子もあり、13歳の静香の行為を見逃す。次々に起こる殺人に静香の影が垣間見える。それが女を苛め食い物にしている男たちを直接、間接的、かつ大胆に抹殺していくが、誰も静香に追いつけない。しかし、澪の子供の身代わりになることで、やっと静香にも安息が得られたのではなかろうか。